大好きな能楽鑑賞から料理まで、日常さまざまの記録
by ginsuisen
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200812月に見たのは 能楽現在形と花供養
去年の年末に見たお能は、能楽現在形と花供養でした。

能楽現在形第7回@宝生 12月16日
お能は、片山清司さんの「芭蕉」。
この芭蕉というお能・・私には、以前見てはいるのですが、そのときの印象が、まったく欠落。
まだお能にはまってまもないころで、芭蕉は植物ではなく、人物のほうかと思ってで予習もせずにでかけたのだったと思います。すると、なんと植物?そして、植物が女性となる??のまま、頭は真っ白になってよくよく気持ちよく眠りについたことしか、おぼえていません。
で、以来、芭蕉は遠慮していたのでした。トホホ。そんな一抹の不安を抱えて行きました。
寒いでしたねー。

はじめは、居囃子 「三井寺」
六郎さんが名前を玄祥と変わっていました。なんかお坊さんのようですね。
この居囃子・・ 幸弘、ナリタツ、忠雄パパの囃子とともに、謡うのですが、
なんかすごーくよかったです。
お話の内容をとっさに思い出せなくて、ちょっと、あれー?だったのですけれど、
途中から、あーそうだった、母子が最後に会えるのだったと。

さて、さて、私には鬼門のこの日の芭蕉・・きれいでした。そして、とても艶がありました。
序の舞で、手をかざしたとき、大きな袖がかえると、それはまさに芭蕉の葉のように見えました。
こんど、芭蕉の葉陰の下に行ったら、声が聞こえるのではないかと思います。
パンフレットにある、萬斎さんと清司さんの対談を読むと、その清司さんの言葉が印象的です。

「中世には女人成仏のタブーがあるわけですが、そのこともあって人か草木か、いったいどちらかという存在となっている。けれど控えめに僧を口説いていくような、ところもないといけないと思うのです。」
「演じる側の一番の原点は、中世において女人成仏はなぜ出来ないのかという疑問を持っていて、草木に置き換えてでも少しでも成仏に近寄りたいと思っている、それを何層にも覆い隠して、やはり草木っぽく見えるところまで隠していかなければならない。しかし隠すなら初めから無くて良いのかというと、演じる側としてはどうなのかと疑問が出てくるのです。」

そして、父九郎衛門さんが、「なんで芭蕉なんや」と言ったというのもおもしろかったです。
能楽現在形がある意味で、マニアックな能会への道を歩んでいること。それは、プロデューサー、土屋さんと萬斎、広忠、幸弘の天才2世(政治家2世と違って、ちゃんと育っていることに感動!)たちの目論見なのでしょう。さて、さて、この3人の魅力で、能楽ファンをぐいぐい引っ張っていこうというのだろうな・・・・と思いつつ、寒い寒い宝生をあとにしました。
(この日、緒形拳さんの最後のドラマ・フジTV開局50周年記念番組「風のガーデン」の最終回だったのです。このドラマを見るたびに思いました。倉本聰って、やっぱりもう古いなーって。先の見える台詞、ありえない設定、ドウダドウダ的なお涙のおしつけにウンザリ・・しつつも、拳さんのドラマなので見たのでしたが。これに比べて、NHKの「帽子」はすばらしかったです。広島に行ったら、拳さんの帽子屋さんに会えそうな気がしました。あれれ、脱線してしまいましたね)。


花供養は、次に書きます。

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by ginsuisen | 2009-01-18 01:04 | 感激・舞台
セルリアン能楽堂 杜若~鵺
毎年、夏の暑さがジンと感じるこの季節に行われる
セルリアン能楽堂の喜多流公演。昼と夕方に友枝さんが登場で、
チケットも激戦。今年もなんとか中正面を友人の努力のおかげでゲット。
外の暑さとは別格のひんやりのこの能楽堂ではいつも毛布を借りての鑑賞となります。
それにしても、ここの見所といい椅子も最悪、すわり心地がすごく悪いのです。

1時からの公演

棒縛り 太郎 野村萬斎 次郎 石田幸雄 主 深田博治 後見 月崎晴夫

能 杜若
シテ杜若の精 友枝昭世 脇旅僧 森常好
笛 槻宅聡 小鼓 曽和正博 大鼓 亀井広忠 太鼓 大川典良                   後見 香川靖嗣 中村邦生                              

地謡 井上真也 金子敬一郎 内田成信 大島輝久
    狩野了一 出雲康雅 粟谷能夫  長島茂

例年通り馬場あき子さんの解説からはじまりました。
今日は、人間国宝認定後、初めての能とのこと。貴重体験ですぞ!と馬場さん自身がうれしそうでした。
業平という人は、歌を詠むが才学はしない、女性にもてたなどなど業平の解説がおもしろい。
絶対にいけない斎宮までとも交流してしまった業平。
そのおとがめを受けて、旅に出たともいわれているけれど・・
この業平の行いは、源氏物語の光源氏とダブルことも多い。
そして、業平の伊勢物語とは・・実は母親や親が亡くなると、三年ほど休みがもらえる。それが実情ではなかったかと。そして一人二人の旅ではなく、ほかにも親を亡くした友人二人ほどをともなっていたので、供のものまで入れると、そうそうたる人数での旅だったはず。
そんな業平たちが、三河の国にきて休んでいた場所が杜若の名所。
興を楽しんで、ヤンヤと謡ったのが、「唐衣着つつなれにし妻しあれば遥々来ぬる旅をしぞ思ふ」であったのだろう。干し米に熱湯をそそぎ、干し鮎などをのせて食べたのでは・・とは馬場さんのお話。

その杜若の宿場に脇僧が旅にきて~で始まる杜若の精による業平の恋の話が主題の能というわけだ。そして、最後は業平は多くの女たち、待つ女がいたが、それはすべて、衆生のこと。
菩薩=業平ということなのだとか。

お約束のように、娘姿で登場した杜若の精は、本朱を主体にした縫箔の花模様も華やかな着物姿で本当に花のようだった。物着後の後シテの衣装は、まさしく蝉の唐衣(後半で、袖をかついだときの謡いにあり)のような深い本藍の長見、金扇の模様が飛んでいて、杜若そのものにように匂うような美しさ。髪にかかる朱色の飾りひもが3本垂れたところも本当に美しい!のでした。
スーッと立った姿は、精進潔斎をしたような、何物をもよせつけない、しかし驕りも高ぶりもない。杜若の精であり、業平になりきる、ただそれだけを見せる。それはそれは見ごとに美しく、舞がいつまでもいつまでも続いてほしい、まさに菩薩のようでした。
国宝に認定されようがされまいが、変らぬスタンスの強さを大いに感じた思いだった。


狂言の棒縛り・・いやー、萬斎&幸雄コンビはいいわー。
蜻蛉の肩衣の萬斎さんでした。酒は元薬なり~は、野村家の棒縛りに欠かせない謡。
そして、暁の~も。棒縛りと附子って、何度みてもあきない。

まずは第一部。お囃子・・広忠さんの袴がブルー!ちょっとびっくりだったけど、太鼓がとってもいい感じに舞を支えていました。
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by ginsuisen | 2008-07-28 16:41 | 感激・舞台
能楽現在形 融・舎利 2日目

21日の能楽現在形は1階席から見ました。

融・・友枝雄人さんです。
それに、小鼓が成田達志さん!
囃し方がバッチリ見える席。広忠君の横顔の吼える顔も見えます。
さすがに音響もすごく、休憩時に、そのまん前に座っていた外人さん、
音がすごくて耐えられないと席替え要求してました。
さすがですな、外人感覚。見るからにはちゃんと要求する・・日本人にはできないかも。
それで、劇場も外人だからでしょうか、要求を呑んでいました。
(ちょうどハジッコ席・私の脇でそのやりとりをしていたのです)

さてさて、雄人さんの融
きれいでしたわー。烏帽子の姿も美しい貴公子ぶり、
融は光源氏のモデルとも言われた人、雰囲気ぴったりした。
勺を持っての舞という喜多流独自のもの。
かつては、豪華な御殿も今は見る影もなし。
その思い出に浸りながらの舞。
1階席で見ているせいか、または前日のすべるリノリウム床の話のせいか、
はらはら、ドキドキ、そのせつなさに胸がつまる思いでした。
そう、勺を扇に持ち帰るとき、勺がうまく入らなかったのか、
装束がきれいにまとまりませんでした・・こういうときのために、日頃は後見がいるのに、
この舞台の場合は後見なし。どんなもんなんでしょう。
面という制約のシテには後見の存在は大きいのでは。

舎利・・狩野了一さんです。韋駄天は大島さん。
日頃はツレで、美しさを競っているのに、今日は二人とも男っぽい追いかけっこ。
脇は森さん。こういう舞台にぴったりなオペラのような美しい声のはり。
追いかけっこぶりも昨日と違うのですが、どこがどうといえないのが残念。
でも、稲光のとたんに、袖で頭をかくしている姿など、こっけいながらおもしろかったです。
横の橋掛かりですれ違っての応戦もあり、トンと降りてかくれんぼもありでした。

c0092027_12362020.jpgアフタートーク
昨日と同じで三人が登場して話の途中で、シテの狩野さん登場。
広忠君の袴・水色を見て、萬斎さん「派手だなー」
昨日と同様に舞台の説明をした萬斎さん、
能楽師の生命線である「運び」ができないハンディキャップのある舞台でもあると。

幸弘「人間は他の生物の中でも暗いところを恐がる生物。それだけにミステリアス、見えない闇、何があるかわからない、ゼロ」というと「いいこと言うねー」とみんなから言われてました。
ほんとそうだ、闇の中で恐いのは人間だけかもですね。

萬斎「通常、能楽堂は屋根や柱で守られている。空間状守られているんです」

広忠「今回、客席が近かったために、客席の反応をすぐ感じられ恐かった」
   「前列囃子方前の方、大丈夫でしたか」と謝ってました。
萬斎「ウルトラマンと怪獣の宇宙戦争を表現したと思ってほしい、普通の舎利を見るとわかりますが、想像を視覚に訴えたのです」
幸弘「ま、シャリゲナクわかりやすかった、と」
萬斎「本来は、舎利は若手の稽古能です。昨日のアンケートで『能楽堂のほうはいい』という意見もありましたが、そうれはそうなんです。当たりまえです。
ただ、現代の地平と同じところでのプレゼンテーションとして、何ができるかを挑戦したのです。
ま、足拍子といって、能舞台ではもう一つの五つ目の楽器での表現がなかなかできなかった、
そのためのここならでの発想を宇宙大戦争ととらえて、ミラーや照明を使いました」
「ゲームでいえば、縦、横、グルグル回転などステージを上げていった・・次元を変える・仏教界のステージを上げるのとはからずも同じになった。これは邪道といえば邪道です。引き算して引き算した能舞台にあえて、足し算の舞台をした」
幸弘「シャリゲナイ足し算だったのね、それでもいいんだと」・・ここで笑わせるのが幸弘さんの偉いところ?

狩野さん「言うは易し、行うは難しで・・自分がどこまでやれるか、能の型をくずさすにどこまでやれるか、チャレンジでした。頭の中で配置替えをし、想像しながら演じた。特に、スロープから平、スロープの舞台は腰が不安定で・・よくぞ、無事に還ってこれてよかったです」
「通常の一畳台の高さはわかる・・でも、今回のこれだけ高いと・・」
それを受けて、萬斎「一畳台の2倍です」・・・イヤー怖かったのでしょうね、さぞ。

なお、融の月は・・子午線の祀りの使い回しとか(月の映像も著作権ありなので)・・昨日の喜正さんは演じていて気持ちよかったー・・とか。
また、本来の舎利では、三宝を踏み破ることで、天井を蹴破ることを表現するとか。
片山清司さんは、大きなお堂を作って突き破る演出もしたこともあり、そのお堂が足にからんだまま動いたなんていうこともあった・・これは見ていて怖かった・・と萬斎さん。

今後もいろいろ能楽現在形は未来の能のために行っていくのだろうが、
萬斎さんとしては具体性を求める人は「舞台能に」、イメージで世界観を楽しむ人は「能楽堂で」と言ってました。でも、広忠さんは「こんどは能楽堂で」とも。

三人の天才は、多分、本当に、今後の能を危惧しているのだろう。
かつてのそれぞれの親たちが苦労した時代を知っているからこその果敢な挑戦。
さてさて、未来へ・・どうなのかなー。

私は、能楽堂というこのシンプルな世界観を信じたい。未来でも。

写真はパンフレットを開いたところ。黒地にグレーの刷り。開けると大きな月、右側は萬斎さんからのメッセージ。この月が暗い客席でときどき光ってまぶしかったです。

3日目の宝生の金井雄資さん・・すみません行きませんでした。
すごくぴったりでよかったらしいです。
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by ginsuisen | 2008-06-26 09:17 | 感激・舞台
能楽現在形 融・舎利1日目
世田谷PT版 能楽現在形の20日、21日と連続行きました。

20日は3階の3000円席。
どうだかなーと思うほど、最初からスモークが立ち込めて、
舞台はほとんど暗くて、実際に始まるまで見えませんでした。
舞台の床も真っ暗、両サイドに囃し方と地謡が斜めに座ります。

初めの演目は「融」・・20日は観世喜正さんです。
舞台奥には大きな月が映されて・・謡がエコーのように流れ、そこに喜正さんが登場。
3階席のせいか、喜正さんの背の高さを感じません。
面がグレー、白い装束で、本当に死人のように見えました。
奥のスロープから降りて、平なところをすぎ、手前のスロープを降りてきます。
次第に、月の灯りの中で、生彩を見せ、思い出に浸りながらの舞が始まります。
この舞・・この前の広忠君の紀尾井町ホールでの小書きのものと同じかなーとも
思うのですが、あのときのクルクル感よりは装束のせいか、
ゆったり平安の時を感じました。
その間の、ピーピー、トントン、オートンの吹きまくり、吹き返し、
打ち続け~には耳が疲れるほどというか、ずっとの囃子に酔うようでした。

休憩時に、友人の母(初めて見た)は、幸弘君が倒れるのではないかと思ったと言ってました。
そうなんですよね、あの体で吹く姿は心臓発作寸前ですもの。

後半は舎利。お目当ての片山清司さんがシテ。
脇は欣也さん。奥のスロープを横切るように横に平らな橋掛かりというのでしょうか、
右手から登場です。
気がつくと、舞台右狂言座に萬斎さん。真っ暗なので登場に気づきませんでした。
舞台中央には台座がおかれています。
萬斎さんが泉涌寺のいわれをいいつつ、奥を示すと光り輝く舎利があります。
萬斎さんが台座に置くことで、奥の舎利殿に場が移ったことになります。
そこで、欣也さんが祈っていると・・左手から、スーッと足疾気の清司さん登場。
着物は僧のようですが、頭は鬼のように髪がバサーっとなっています。
舎利を盗んでいくところの美しいこと。
瞬時に天井の屋根を模した柵のような枠が落ちてくるような仕掛け。
揺り戻せ揺り戻せ・・道成寺の間狂言と同じように、舞台左から転げて萬斎さんが登場。
ここで、足疾気と舎利と韋駄天の謂れが語られます。
後シテは、まがまがしい衣装で鬼の面に舎利を抱えて登場。

舞台奥には稲光が映されて、ミラーボールの照明も。
ここからは、韋駄天(関根祥人さん)との追いかけっこ。
あとのトークで、萬斎さんがウルトラマンといってましたが、
橋掛かりからトンと降りたり、ここと思えばまたアソコのように舞台を縦横に動きます。
ときどき、光の柱も立ったり・・それにしても、この暗い床で
よく動きましたー。


c0092027_12372847.jpgアフタートークは
三人(幸弘・広忠・萬斎)がまず登場して、萬斎さん司会で始まる。
こういうときの司会はダラダラしているのが萬斎節か。
(実はこのダラダラ感は私は好きでない。なんとなくイヤイヤに聞えるのだ)

まず幸弘君の感想「シテがいつ落ちるのではないかとヒヤヒヤだった」
特に融は一三段の舞の小書きつき。
「五段、五段、三段と吹き続ける、13日の金曜日ではなく、一三段の金曜日」だったと幸弘節でまず一発!きました。
幸弘「ま、ぼくはどこでもふけます。この前も、成田でこれなんですかと聞かれれば全部吹いてみせますが・・」
ハイハイとなだめるような萬斎さん、にっこりの広忠君。
で、広忠君は「通常の能舞台では、立ち方の後ろから押し出し押し上げるように囃して舞台を作り上げるのだけれど、昨年は、まったく後方・影の位置で、一体感がなかった。今回はエプロンスタイルで、それは解消されたと思う、ただ、水蒸気のスモークがすごくて、
大鼓には非常に打ちにくい舞台だった」と。このとき幸弘君「湿気があって、シッケイしました~」

萬斎さん・今回の舞台は、床にピアノのようなリノリウムを貼ったのだそう。
これはいままでの世田谷PTの三本柱を出すよりも一歩進めて、
ひのきの板、屋根で囲まれた能舞台の世界観をこわし、
劇場という空間で舞台を作ることにしたのだそうだ。
だから、開口一番に「三階席が今回はお得」といったのか。
ほんと、映り込みがきれいでしたー。

そのため清司さん「何ごとも大魔王の言うとおり・・それにしても、奈落の底に落ちる感じで、向きがわからず、孤独感でした。深海に突き落とされて、左右天地がわからない状態というのでしょうか」
幸弘「昆虫ならば触覚があるけれど・・ですね」

萬斎(?)「それだけ、応用能力適応能力が試されるわけです」
清司さん「ツレを何回見失ったことか、あったと思った光の柱がなくなる。普通は1回の申し合わせですが今回は2回しました。それでも、デキナイ?とか無理では?といわれると・・・・それはヤラネバと思って。精神的ハリをもって、お客さまからもらって演じました。こういう舞台はダイレクトな反応がこわい、とにかく無事に戻るようにと考えてました」
あー、さぞ、怖かったでしょうね。関根祥人さんのコメントもお聞きしたかったです。

それに対して、萬斎「あえて負荷をかけたわけです」
命がけの舞台、相当な精神力が必要だったのでしょう。

さてさて、この能楽現在形・・未来形になっていくのかどうか。

韋駄天=稲妻と思えない世代にはアーヤッテ稲光を照明で見せねばならないのかなー、とふと思いながら帰路へ。

質問「舞台で何が一番辛いか」
「立膝でじっとするのが辛い。子供時代から3分間じっとすることから稽古してきた」
「楽をしないところを超越したところを楽しんでいる」
「笛も吹いているほうが楽・待っているのは辛い」
「そうですね、大鼓も打っているほうが楽」
 なるほどね、見ているほうも居グセのときは辛いワー。特に、砧とかねなんて思いました(今でも忘れられないMOA舞台の「砧」・中正面。何もみえず、動かずで、まだ能を見るのが初心者だったので、こんなに能を見るのって辛いのかと思いましたもん)

それにしても、素顔の片山清司さん・・舞台後のせいでしょうか、
お顔は紅潮・・かわいらしくお品がよかったわー。

幸弘君、さりげなく、舎利などお能の絵本を清司さんはたくさん書いていますと紹介。
すると「今回、それを読んでやっとわかったの」と萬斎さんたちにからかわれていました。
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by ginsuisen | 2008-06-25 13:44 | 感激・舞台