大好きな能楽鑑賞から料理まで、日常さまざまの記録
by ginsuisen
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第二回日経能楽鑑賞会 野村家の隠狸 友枝さんの松風  

わすれないうちに書いておかねば・・

昨夜6月25日 6時15分@国立能楽堂 日経能楽鑑賞会へ
(新都市線に乗ってみようと北参道に下りたのはいいが、うっかり路をまちがえて、チケットを待っていた京都からの友人を待たせてしまった・・ごめんね) 

隠狸・・久しぶりの万作・萬斎親子のです。
この二人の隠狸って・・あった?
やっぱり能楽堂の萬斎さん、いいです。
そして、よかったー、ほんとによかった。
おとぼけ太郎冠者の狸の隠しっぷりおかしい。
狸を隠していての、ぷっ、ぷっと・・兎じゃーの「兎」の舞です。
あの良作さんの作られた可愛い狸・・お久しぶりだったです。
それから萬斎さんの「花の袖」・・・わー、美しいと思ったら、
狸を見つけるために後にすかさず回っての応用舞でした。
最後はツレ舞「鵜飼」だそうです。
声のそろい方、あー、親子です。元々萬斎さんの声の出し方は高いのだけど、
それもまた、親子ならでのハーモニーでした。

そして、能「松風」
この能、何年か前に宮島で見たんですよね。
そのときの印象は美しい・・それだけなのですが、
舞台の波の向こうの舞がいまだ脳裏に焼きついています。
今ひとつ話がわからなかったので、もう一度しっかり見たい・・宮島で一緒だった隣の京都友人も同じ気持ちだったとか。

いやはや、こんなにすさまじく、恋慕の能だったとは。
妹ツレの存在もパンフの馬場あき子さんの解説を読んで納得しました。
~「松風」の能で不思議に思われるのは、この松風と村雨という二人の姉妹が一人の男性への恋を共有しながらねたみの勘定がなく、しかも姉は妖艶な狂気を発揮するのに、妹はそれを冷静に見守るだけだ。では見守るだけの村雨はいなくてもよいかというとそうではない。シテと同じ姿をしたシテの分身のような村雨の覚めた心の寂しさがなければこの名曲は成立しないのである。狂おしい情念と、覚めた客観の静かな葛藤が、程よい調和を保って存在するところに、知的な情緒が醸され、物がなしい慰撫が成立しているのだ~

今日の脇は森常さん。
朗々とした声が響きます。
間は石田幸雄さん・・松が松風と村雨の旧跡と知って、脇僧は祈ります。
場所は、須磨・・・源氏が流された須磨明石に通じます。
行平中納言も須磨に流され、美しい汐汲みの姉妹と出会い、愛し合うわけですね。
三年後、都に戻った行平は、程なく亡くなる・・その悲しみにくれて、二人は亡くなる。
「逆縁」と森さんの語りになんども出てきました。
こういうのを逆縁というのでしょうか。

幽霊の二人は、祈りとともに、橋掛かりに現れます。
ツレの大島さん、ぴったり横から見るとこの前のお話通りの斜めの傾きは喜多流ならの美しさ。
対する友枝さんのシテ。教科書どおりでないもっと深い立ち姿です・・さすが。
深い悲しみをすでにかかえての登場に見受けました。

汐を汲もうよ、汐を~
美しい二人の汐汲みが見えるよう。
脇席でしたので、足の運びもよく見えます。ちょっとした動きが、まるで小波が二人の足にからむように見えました。
僧が宿をこい、いったんは断ります。そのきっぱりとした断り方に、行平への愛、頑なな気持ちが伝わります。でも、諸国をめぐる僧と知り招きいれます。
そして、ここ須磨の松風・村雨の霊を祈ったと聞いたとたんに、二人は涙します。
その美しいこと!横から、二人の涙するシオリが見えます。・・~二人ともに愁傷~

そのあと、わくらばの歌もなつかしいというなら・・不審だ、
名を名のられよ・というと「松の苔の下の松風・村雨」と正体を明かします。
そして、シテは行平の形見の狩衣と烏帽子を抱えての思い出語り。
その床几の上での所作なのですが、恋する人への思いがたっぷり。
クセの地謡が気持ちをどんどん高揚させるよう・・

とうとう、物着で、形見の衣を着、烏帽子をつけます。
その間の、笛と大鼓、小鼓の静かだけど、気持ちがドンドン高まっていく様を示し、
もうそれは目が離せませんでした。

あら懐かしやと行平がお召しになっていると松にすがりつく様・・狂いの様なのでしょうが、突然のすがり方にすさまじささえ、感じるほど。そこまで恋慕の思いがあったのでしょう。
胸ふさがり涙を誘います。冷静に「あれは松ですよ」というツレ。
松は行平なのか、松なのは知っていても、すがりたい思い~
亡くなってしまった愛する人への想い。形見の品を見るたびにとつのる・・激しい思い。
それが狂い・妖艶と馬場さんが称した通りの様。
なんという哀しさ。待つとしきかば~の歌が深い哀しさを誘います。

中の舞・破の舞と・・それはもう、えもいわれぬ美しいものでございました。
松に抱きつくほどにググッと迫り、そのあと、松の周りをぐるりと回ります。
このとき、松の置物が少しぐらりと動きました。
ある意味、回り込みすぎたのでしょうが、熱情がそれだけ伝わったように思えました。
そして、友枝さんの舞台を見るたびに感じる緊迫感は、見所一体となって、
囃子方が幕の中の入るまで続き、シーンでした。そのあとやっとの拍手でした。
その心地よさ。
シテとツレの均衡、シテの心の動きのような緊張感、今も、思い出すとドキドキします。

一日目の野村家&友枝さんの会・・大ご馳走様でした。

二日目は萬家&浅見さん・・見比べてみたいけれど・・ご馳走は食べすぎにご用心かとやめました。

やはり能楽堂の空間はすばらしいです。想像力が自在に広がる空間です。

小さな汐汲み車も・・かわいらしいママゴトのようですが、それで充分。

汐の波、後に残った松風ばかり~も感じられました。

番組)
隠狸 野村万作 野村萬斎

能 松風 
シテ 友枝昭世 ツレ 大島輝久 脇 森常好
アイ 石田幸雄
大鼓 亀井忠雄 小鼓 成田達志 笛 松田弘之

地謡 金子敬一郎 友枝雄人 狩野了一 内田成信
    長島 茂   出雲康雅 粟谷能夫 粟谷明生

本日の囃子・・ベストメンバーこの上なし。松田さんの物語のような笛が本当にすばらしく、小鼓、大鼓の掛け声もぴったりでした。
地謡もすばらしかったー。シテの気持ちを高め、静め、波のように揺り動かしていました。

ちょこっと余分ごと)
お菓子や料理の松風
片面だけに芥子の実をつけて索漠感を出します。

ところで、行平は流されたのではなく、転任みたいな形ではないかといいます。
というのは、当時の流離は、もう都へ戻れないのです。
だから、光源氏も流離ではなく、自ら須磨明石に行っているので、都へ帰ることができたのだとか。紫式部はそこまで考えていたようです。

松風で検索したら、興味深いものがありました。
一つはこれ
もう一つは、粟谷家の松風レポートです。
松風の恋慕と狂乱
松風のシテツレを演じて・・私が見た宮島のときの演能レポートでした。
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by ginsuisen | 2008-06-26 13:48 | 感激・舞台
能楽現在形 融・舎利 2日目

21日の能楽現在形は1階席から見ました。

融・・友枝雄人さんです。
それに、小鼓が成田達志さん!
囃し方がバッチリ見える席。広忠君の横顔の吼える顔も見えます。
さすがに音響もすごく、休憩時に、そのまん前に座っていた外人さん、
音がすごくて耐えられないと席替え要求してました。
さすがですな、外人感覚。見るからにはちゃんと要求する・・日本人にはできないかも。
それで、劇場も外人だからでしょうか、要求を呑んでいました。
(ちょうどハジッコ席・私の脇でそのやりとりをしていたのです)

さてさて、雄人さんの融
きれいでしたわー。烏帽子の姿も美しい貴公子ぶり、
融は光源氏のモデルとも言われた人、雰囲気ぴったりした。
勺を持っての舞という喜多流独自のもの。
かつては、豪華な御殿も今は見る影もなし。
その思い出に浸りながらの舞。
1階席で見ているせいか、または前日のすべるリノリウム床の話のせいか、
はらはら、ドキドキ、そのせつなさに胸がつまる思いでした。
そう、勺を扇に持ち帰るとき、勺がうまく入らなかったのか、
装束がきれいにまとまりませんでした・・こういうときのために、日頃は後見がいるのに、
この舞台の場合は後見なし。どんなもんなんでしょう。
面という制約のシテには後見の存在は大きいのでは。

舎利・・狩野了一さんです。韋駄天は大島さん。
日頃はツレで、美しさを競っているのに、今日は二人とも男っぽい追いかけっこ。
脇は森さん。こういう舞台にぴったりなオペラのような美しい声のはり。
追いかけっこぶりも昨日と違うのですが、どこがどうといえないのが残念。
でも、稲光のとたんに、袖で頭をかくしている姿など、こっけいながらおもしろかったです。
横の橋掛かりですれ違っての応戦もあり、トンと降りてかくれんぼもありでした。

c0092027_12362020.jpgアフタートーク
昨日と同じで三人が登場して話の途中で、シテの狩野さん登場。
広忠君の袴・水色を見て、萬斎さん「派手だなー」
昨日と同様に舞台の説明をした萬斎さん、
能楽師の生命線である「運び」ができないハンディキャップのある舞台でもあると。

幸弘「人間は他の生物の中でも暗いところを恐がる生物。それだけにミステリアス、見えない闇、何があるかわからない、ゼロ」というと「いいこと言うねー」とみんなから言われてました。
ほんとそうだ、闇の中で恐いのは人間だけかもですね。

萬斎「通常、能楽堂は屋根や柱で守られている。空間状守られているんです」

広忠「今回、客席が近かったために、客席の反応をすぐ感じられ恐かった」
   「前列囃子方前の方、大丈夫でしたか」と謝ってました。
萬斎「ウルトラマンと怪獣の宇宙戦争を表現したと思ってほしい、普通の舎利を見るとわかりますが、想像を視覚に訴えたのです」
幸弘「ま、シャリゲナクわかりやすかった、と」
萬斎「本来は、舎利は若手の稽古能です。昨日のアンケートで『能楽堂のほうはいい』という意見もありましたが、そうれはそうなんです。当たりまえです。
ただ、現代の地平と同じところでのプレゼンテーションとして、何ができるかを挑戦したのです。
ま、足拍子といって、能舞台ではもう一つの五つ目の楽器での表現がなかなかできなかった、
そのためのここならでの発想を宇宙大戦争ととらえて、ミラーや照明を使いました」
「ゲームでいえば、縦、横、グルグル回転などステージを上げていった・・次元を変える・仏教界のステージを上げるのとはからずも同じになった。これは邪道といえば邪道です。引き算して引き算した能舞台にあえて、足し算の舞台をした」
幸弘「シャリゲナイ足し算だったのね、それでもいいんだと」・・ここで笑わせるのが幸弘さんの偉いところ?

狩野さん「言うは易し、行うは難しで・・自分がどこまでやれるか、能の型をくずさすにどこまでやれるか、チャレンジでした。頭の中で配置替えをし、想像しながら演じた。特に、スロープから平、スロープの舞台は腰が不安定で・・よくぞ、無事に還ってこれてよかったです」
「通常の一畳台の高さはわかる・・でも、今回のこれだけ高いと・・」
それを受けて、萬斎「一畳台の2倍です」・・・イヤー怖かったのでしょうね、さぞ。

なお、融の月は・・子午線の祀りの使い回しとか(月の映像も著作権ありなので)・・昨日の喜正さんは演じていて気持ちよかったー・・とか。
また、本来の舎利では、三宝を踏み破ることで、天井を蹴破ることを表現するとか。
片山清司さんは、大きなお堂を作って突き破る演出もしたこともあり、そのお堂が足にからんだまま動いたなんていうこともあった・・これは見ていて怖かった・・と萬斎さん。

今後もいろいろ能楽現在形は未来の能のために行っていくのだろうが、
萬斎さんとしては具体性を求める人は「舞台能に」、イメージで世界観を楽しむ人は「能楽堂で」と言ってました。でも、広忠さんは「こんどは能楽堂で」とも。

三人の天才は、多分、本当に、今後の能を危惧しているのだろう。
かつてのそれぞれの親たちが苦労した時代を知っているからこその果敢な挑戦。
さてさて、未来へ・・どうなのかなー。

私は、能楽堂というこのシンプルな世界観を信じたい。未来でも。

写真はパンフレットを開いたところ。黒地にグレーの刷り。開けると大きな月、右側は萬斎さんからのメッセージ。この月が暗い客席でときどき光ってまぶしかったです。

3日目の宝生の金井雄資さん・・すみません行きませんでした。
すごくぴったりでよかったらしいです。
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by ginsuisen | 2008-06-26 09:17 | 感激・舞台
能楽現在形 融・舎利1日目
世田谷PT版 能楽現在形の20日、21日と連続行きました。

20日は3階の3000円席。
どうだかなーと思うほど、最初からスモークが立ち込めて、
舞台はほとんど暗くて、実際に始まるまで見えませんでした。
舞台の床も真っ暗、両サイドに囃し方と地謡が斜めに座ります。

初めの演目は「融」・・20日は観世喜正さんです。
舞台奥には大きな月が映されて・・謡がエコーのように流れ、そこに喜正さんが登場。
3階席のせいか、喜正さんの背の高さを感じません。
面がグレー、白い装束で、本当に死人のように見えました。
奥のスロープから降りて、平なところをすぎ、手前のスロープを降りてきます。
次第に、月の灯りの中で、生彩を見せ、思い出に浸りながらの舞が始まります。
この舞・・この前の広忠君の紀尾井町ホールでの小書きのものと同じかなーとも
思うのですが、あのときのクルクル感よりは装束のせいか、
ゆったり平安の時を感じました。
その間の、ピーピー、トントン、オートンの吹きまくり、吹き返し、
打ち続け~には耳が疲れるほどというか、ずっとの囃子に酔うようでした。

休憩時に、友人の母(初めて見た)は、幸弘君が倒れるのではないかと思ったと言ってました。
そうなんですよね、あの体で吹く姿は心臓発作寸前ですもの。

後半は舎利。お目当ての片山清司さんがシテ。
脇は欣也さん。奥のスロープを横切るように横に平らな橋掛かりというのでしょうか、
右手から登場です。
気がつくと、舞台右狂言座に萬斎さん。真っ暗なので登場に気づきませんでした。
舞台中央には台座がおかれています。
萬斎さんが泉涌寺のいわれをいいつつ、奥を示すと光り輝く舎利があります。
萬斎さんが台座に置くことで、奥の舎利殿に場が移ったことになります。
そこで、欣也さんが祈っていると・・左手から、スーッと足疾気の清司さん登場。
着物は僧のようですが、頭は鬼のように髪がバサーっとなっています。
舎利を盗んでいくところの美しいこと。
瞬時に天井の屋根を模した柵のような枠が落ちてくるような仕掛け。
揺り戻せ揺り戻せ・・道成寺の間狂言と同じように、舞台左から転げて萬斎さんが登場。
ここで、足疾気と舎利と韋駄天の謂れが語られます。
後シテは、まがまがしい衣装で鬼の面に舎利を抱えて登場。

舞台奥には稲光が映されて、ミラーボールの照明も。
ここからは、韋駄天(関根祥人さん)との追いかけっこ。
あとのトークで、萬斎さんがウルトラマンといってましたが、
橋掛かりからトンと降りたり、ここと思えばまたアソコのように舞台を縦横に動きます。
ときどき、光の柱も立ったり・・それにしても、この暗い床で
よく動きましたー。


c0092027_12372847.jpgアフタートークは
三人(幸弘・広忠・萬斎)がまず登場して、萬斎さん司会で始まる。
こういうときの司会はダラダラしているのが萬斎節か。
(実はこのダラダラ感は私は好きでない。なんとなくイヤイヤに聞えるのだ)

まず幸弘君の感想「シテがいつ落ちるのではないかとヒヤヒヤだった」
特に融は一三段の舞の小書きつき。
「五段、五段、三段と吹き続ける、13日の金曜日ではなく、一三段の金曜日」だったと幸弘節でまず一発!きました。
幸弘「ま、ぼくはどこでもふけます。この前も、成田でこれなんですかと聞かれれば全部吹いてみせますが・・」
ハイハイとなだめるような萬斎さん、にっこりの広忠君。
で、広忠君は「通常の能舞台では、立ち方の後ろから押し出し押し上げるように囃して舞台を作り上げるのだけれど、昨年は、まったく後方・影の位置で、一体感がなかった。今回はエプロンスタイルで、それは解消されたと思う、ただ、水蒸気のスモークがすごくて、
大鼓には非常に打ちにくい舞台だった」と。このとき幸弘君「湿気があって、シッケイしました~」

萬斎さん・今回の舞台は、床にピアノのようなリノリウムを貼ったのだそう。
これはいままでの世田谷PTの三本柱を出すよりも一歩進めて、
ひのきの板、屋根で囲まれた能舞台の世界観をこわし、
劇場という空間で舞台を作ることにしたのだそうだ。
だから、開口一番に「三階席が今回はお得」といったのか。
ほんと、映り込みがきれいでしたー。

そのため清司さん「何ごとも大魔王の言うとおり・・それにしても、奈落の底に落ちる感じで、向きがわからず、孤独感でした。深海に突き落とされて、左右天地がわからない状態というのでしょうか」
幸弘「昆虫ならば触覚があるけれど・・ですね」

萬斎(?)「それだけ、応用能力適応能力が試されるわけです」
清司さん「ツレを何回見失ったことか、あったと思った光の柱がなくなる。普通は1回の申し合わせですが今回は2回しました。それでも、デキナイ?とか無理では?といわれると・・・・それはヤラネバと思って。精神的ハリをもって、お客さまからもらって演じました。こういう舞台はダイレクトな反応がこわい、とにかく無事に戻るようにと考えてました」
あー、さぞ、怖かったでしょうね。関根祥人さんのコメントもお聞きしたかったです。

それに対して、萬斎「あえて負荷をかけたわけです」
命がけの舞台、相当な精神力が必要だったのでしょう。

さてさて、この能楽現在形・・未来形になっていくのかどうか。

韋駄天=稲妻と思えない世代にはアーヤッテ稲光を照明で見せねばならないのかなー、とふと思いながら帰路へ。

質問「舞台で何が一番辛いか」
「立膝でじっとするのが辛い。子供時代から3分間じっとすることから稽古してきた」
「楽をしないところを超越したところを楽しんでいる」
「笛も吹いているほうが楽・待っているのは辛い」
「そうですね、大鼓も打っているほうが楽」
 なるほどね、見ているほうも居グセのときは辛いワー。特に、砧とかねなんて思いました(今でも忘れられないMOA舞台の「砧」・中正面。何もみえず、動かずで、まだ能を見るのが初心者だったので、こんなに能を見るのって辛いのかと思いましたもん)

それにしても、素顔の片山清司さん・・舞台後のせいでしょうか、
お顔は紅潮・・かわいらしくお品がよかったわー。

幸弘君、さりげなく、舎利などお能の絵本を清司さんはたくさん書いていますと紹介。
すると「今回、それを読んでやっとわかったの」と萬斎さんたちにからかわれていました。
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by ginsuisen | 2008-06-25 13:44 | 感激・舞台
手作り黒大豆オカラで
先日の「分とく山」でのお教室でのこと。
25gの大豆は幾らでしょう・と野崎氏。
「それを一晩水に浸して、1ℓの水で割って、豆乳を作ると7杯取れるので、
1杯=3・5円です」と。
その豆乳で作った豆乳汁のさわやかなこと。
市販の豆乳は濃厚すぎて、汁にするにはかなりのばさないとダメとか。
そういえば、濃いですね、飲みにくいかも。
お出汁などは入りません・・先ごろの「料理学」の本にあるとおり、水だけです。
トマトとベーコン、ブロッコリが入っただけ。
ベーコンがうまみを作り出しているわけです。
たった25gで、7人分としても、210円でできるのに、
なんと我らは美味しいものを見過ごして、
無駄にしているかということなのです。

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で、早速、豆乳作りました。
豆は・・お正月の残りの黒大豆・まだあったのです、少し。
だから、自家製スゴ黒大豆というわけ。
たっぷりできた豆乳は、ほんのり甘くてさわやか・・
あっという間に500mℓを豆乳好きの息子がゴクゴク飲んでしまいました。
もっとも私が作ったのは25gではありません。かなり80gくらいあったでしょうか。
だから210円ではないかな。それに築地の極上黒大豆だから・・ハイ。

で、オカラがたっぷりできたので、昨夜のカレイの煮汁で炊きました。
油揚げ、しめじ、にんじんも加えました。カレイに入れた牛蒡も加えて。
どんなもんでしょう。

京都の始末する・・おばんざいみたいにほっくり美味しくなっているといいのですが。
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by ginsuisen | 2008-06-20 09:37
久々にパン焼けました
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今、深夜12時。
昼に仕込んで冷蔵発酵したパン生地で、ちょこっと明日のパンを焼きました。
ホテル仕様風のバターロールにブリオッシュです。
卵もしっかり塗ったので、テカテカに。
美味しそうにできました。
深夜帰宅のバイト小僧に食べられてしまうかもですが・・

追記)
卵の買いおきが足りず、1個で作りました。
本当のブリオッシュには卵黄3個+全卵1個は入ります。
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by ginsuisen | 2008-06-20 00:18 | パン
亀井広忠プロデュース「歌 舞 音 曲」@紀尾井ホール
いつからこんなにはまってしまったのだろう・・
亀井広忠を知ったのは、そう、能を見始めてすぐだった。
舞台後の囃子方まで、まだ目が行かないころ。
囃子方といえば、ほとんどお年よりだが、すぐに小鼓の源次郎さんの端整な雰囲気には気づいた。それから、同じ小鼓の鵜沢洋太郎さんもカッコよかった。
あと、笛の藤田六郎兵衛。あの体格がなんだかグッと引き締めている感じで。
しかし、広忠君に出会ったときは、その大きな声、大きすぎて、謡やシテの詞がかき消されそうな感じ、声というより吼えているようだった。それにビックリ。
友人は、声が聞えないと文句を言っていたけど・・
そして、広島で・・フェリーの中で見た、茶髪のさわやかな青年ぶりだ。
あんなに若いのだ・と思ったとき、大興味に代わって行った。

それから約10年。
亀井広忠~忠雄パパ、佐太郎ママ、傳佐衛門、傳次郎兄弟へと興味は発展。
彼ら三兄弟の三響会、父母の囃子の会の演奏に、毎度シビレッパナシ。
去年見た、国立能楽堂での広忠プロデュースの能楽囃子コンサート。これもすごかったなー。
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(写真は紀尾井ホールへの路、四谷の土手のアジサイ)
で、今回は、なつかしい紀尾井ホールでの広忠プロデュースの「歌舞音曲」と題した、
囃子方中心の音楽コンサート。
(この紀尾井ホールで見たね~。三響会だったかなー、かぶりつきの二列目でしたっけ)

で、今回は音の反響のいいコンサートホールなので、2階席を選択。
パンフレットに広忠君からのメッセージがありました。
「~洋のホールで和の演奏会、果たして如何響きあうでしょうか。楽しみです。~~笛・小鼓・大鼓、太鼓のみによって紡ぎ上げる音楽の世界、世界最小編成のオーケストラであり、演技と音楽の拮抗という意味ではオペラの立ち役ナシバージョンといえるかもしれません。但し能楽囃子はただ音楽チームのみの演奏パターンよりも「謡い」に合わせての演奏のほうが多いと思われます。歌というよりは曲の言葉(言霊)を強調させる演奏方法、と言ったところでしょうか!?当時の流行歌を演劇の中に取り入れて歌い囃す、正に中世のポップミュージックのようなジャンルなのです。なので、私のプロデュースする能楽囃子コンサートでは楽器チームだけでなく必ずシテ方を交えての「歌・舞・音曲」のみっ3つが響き合うように構成を心がけております。~今回は小鼓の師匠である大倉源次郎先生と尊敬する兄貴分の助川治氏を筆頭にした囃子方チームに同世代のトップレベルのシテ方集団。私の大鼓一人でだけでは舞台は成立しません!舞台上、舞台裏、そしてお客様から受ける3つの力が合わさることなく素晴らしい舞台が生まれることはありません!この熱きrock concert、きっと和のDNAに響いて頂けると思います。理解するのではなく、演者とお客様との魂の共鳴があるからこその現代に生き続ける伝統芸能であると信じて囃して(演奏して)参りたいと思います」

~長いけど引用させてもらいました~

共鳴したわよん!広忠君。ホントエライねー。まだ30代初めとは思えない老成した感性にオバチャンはメロメロだわん。


今回の演目
まず、広忠君の挨拶①
素囃子「神舞」 笛・一噌幸弘 小鼓・吉阪一郎 大鼓・原岡一之 太鼓・大川典良
舞囃子「乱」 シテ・谷本健吾 笛・幸弘 小鼓・大倉源次郎 大鼓・広忠 太鼓・助川治
舞囃子「融 酌の舞」 シテ・観世喜正 笛・幸弘 小鼓・吉阪一郎 大鼓・広忠 太鼓・大川典良
休憩はさんで、
広忠君の解説② 袴を明るい茶系のものに着替えて参りましたと登場
一調の説明など。
小鼓一調 「夜討曽我」 謡・観世喜正 小鼓・大倉源次郎
大鼓一調 「花筐」 謡・川口晃平 大鼓・広忠
太鼓一調 「春日龍神」 謡・山崎正道 太鼓・助川治
居囃子 「熊野」 シテ・喜正 地・山崎正道 味方玄 谷本健吾 川口晃平
           笛・一噌幸弘 小鼓・大倉源次郎 大鼓・広忠
舞囃子 「天鼓」 シテ・味方玄 地・山崎正道 観世喜正 谷本健吾 川口晃平
           笛・一噌幸弘 小鼓・吉阪一郎 大鼓・広忠 太鼓・助川治
ここで、再び広忠君登場③、次の演目は亀井家お家芸、アンコールと思ってくださいと。
素囃子 「獅子」 笛・一噌幸弘 小鼓・吉阪一郎 大鼓・広忠 太鼓・大川典良


 「乱」・・いつも以上に、2階席のせいか、足運びはまるでバレエを見るようでした。
爪先立ち、よろよろと~・・谷本さんに興味大。きれいでしたー。
 「融」・・小書きの酌の舞とあるように、アップテンポの舞に驚きました。
クルクルと周る、周る~「早舞」を中心としたもの。笛の旋律は途中で盤渉(バンショウ)という高い調子に転じる優美な舞だそうで、特殊演出だったそう。冒頭には「立回り」という舞も追加、筋目に足拍子を踏む・・・いやー、これ、すごかったです。融というと、優雅な感じしか受けていなかったのですが、これはおもしろい。この舞を組み込んだ「融」が見たいと思いました。
一調はどれも、スゴイ!緊迫感に酔いました。
 「熊野」の喜正さんの朗々とした声がステキでした。
でも、やっぱり、お目当ての味方玄さんの「天鼓」・・きれいでしたわー。うっとり。もちろん、地謡の席から注目でございました。
 「獅子」・・いやー、なんど聞いてもいいです。吼えて吼えて、吹いて、吹いて、幸弘さんとのコンビも最高の囃子・・ROCKだぜ!でした~。

でもって、見に行ったのは6月12日の本公演。追加公演があったのねー、それも前の週の5日に。演目も違ったようで、おなじみ道成寺組曲、安宅延年の舞、勧進帳、松風もあったみたい。
行けばよかったかなー(行った友人もおるのですわ)

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亀井家の以前の会については、別ブログ時代に以下のように見に行っていたようです。
2000年5月囃子の会
2005年の囃子の会@新橋演舞場

2006三響会@新橋演舞場 これは記事続きもある
2007三響会&パーティ@新橋演舞場
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by ginsuisen | 2008-06-17 08:54 | 感激・舞台
今年は、たった一つのゆすら梅
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実家の庭から移植したゆすら梅(ユスラゴって呼んでました)、今年は蕾もたくさんついて花も咲いたので、収穫を期待していたのですが、なんと1つだけ。
私が留守の間に、めずらしく夫が空き瓶に飾っていました。
どうやら鳥たちが食べてしまったようです。

それだけ、鳥にも食糧難のようす。
そういえば、路の向こうの空き地(栗や楢の木、野生の片栗、つくしなどあった)が、
整備されて警察署の建設予定地に。
幹線道路際の公園もビルになり、夏になると目を楽しませてくれた、たくさんあった夾竹桃は抜かれていて、今やローズマリーとヒマラヤ杉に。
そこにあったものを残しての開発のできない日本の建築事情なのでしょうか。
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by ginsuisen | 2008-06-11 10:13 | こんなことあんなこと
すごいですねー。熱烈ファン!
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散歩中ふと駐車場を通りかかったら、すごい車たち発見。
ファンもここまでとなると見事ですねー。
あんまりきれいで見事なので、撮影させてもらいました。
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by ginsuisen | 2008-06-10 17:08 | 散歩ほか
能・求塚の背景って
先日見た、友枝さんの能「求塚」について、
粟谷明生さんが演能レポートで、その背景について考察されています。
すごく読み応えあります。さすが、明生さん!

ロマンティックな恋だけでは、あの死闘はあまりにもむごすぎると
思っていたのですが、なるほどでした。

家と家、村と村、その間にいた女・・巫女的な存在だったのではないか、
それぞれに、生きていくための存続問題があったからこそ・・
死闘がくりひろげられた・・それもまた哀しいですなー。

ところで、浮舟も、薫と匂宮の二人に思われて、そしてどうにもならなくなって、
入水する話でした・・・
そういえば、市民講座で三谷邦明先生(三田村雅子先生の夫君・さきごろ亡くなられた)の
「もののけ」の講義を受けたことがあります。そのときの三谷先生の話では、
生まれの身分が低い(八の宮の娘ですが、正妻ではない)浮舟には
死さえも、認められない背景があった。
だから、尼に助けられ、横川の僧正に引き取られ・・出家する。
そこには仏教思想が当時、広く広められていた背景があった。
一方、夕顔も、物の怪に殺されるのも同じ背景だとも。
男が女を連れ出すというルール破りが中国の故事と同じように、死への路となる背景。

そんなことを思い出しました。
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by ginsuisen | 2008-06-10 01:38 | 感激・舞台
源氏千年紀特別企画 「源氏物語の誘惑」へ
6月7日土曜に彩の国さいたま劇場にて、「源氏物語の誘惑」に行って来ましたー。
もちろん、三田村先生の企画によるもので、
原岡文子さん(聖心女子大教授)の「六条御息所のまなざし」と
スティーヴン・G・ネルソン氏(法政大学教授)による「源氏物語の箏の琴」の
演奏&平安時代のお香の復元・・がこの日の主なテーマ。

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写真は与野本町駅前の薔薇。花盛りのときはさぞと思うほど、駅前には薔薇がたくさん植えてありました。

三田村先生はいつもと違い、菊の花のお着物に、モダンな市松風の帯。
原岡さんは、三田村先生にとっては、お姉さまといいたい
これほどまでに優しい角度で源氏を見つめ、研究している方なのだそうだ。
本当に楚々とした声もやさしい風情の方だった。
物語の直接的な言葉ではないところに、御息所のまなざしがあることを指摘。
特に、もう気持ちの離れてしまった光源氏を見つめる目線などなど・・
とてもアカデミックな講義1時間だった。
そのあとはネルソンさんの琴演奏。
これは、いつぞやのフェリス大学で未消化に終わった演奏を完璧にしてくださった。
その間に、日本香道株式会社の努力による、平安時代の承和百歩香(ショウワヒャクブコウ)を焚きながら・・それは優雅&学術講義を交えた演奏。しかもネルソン氏の流暢な日本語解説つき。お香の香りは三田村先生曰く、インド的・まさに・ちょっとエキゾチックでした。
でも、臭いとか嫌なとかではなく、高貴な香り。薫の君の香りがこの香りだったそう。
それゆえに薫と呼ばれたのだとか・。

それにしても、会場はほぼ満席。このアカデミックなまるで、大学院講義のような会に
みんなすごく熱心に集まっている。
そんなに源氏に精通しているのかとおどろいた・・ま、寝ている人もいましたが。
源氏千年紀ということで、一部お祭り騒ぎのような催しの多い中、
さすが我らが三田村先生の企画の会は、実のある会でした。
これを機会に「源氏物語」に誘惑されてくださいと、誇らしげな先生の顔は
後光が差しているようだった。
天国の三谷先生、その父上、そして、先ごろ亡くなられた先生ご自身の父君と相次いでのご不幸が続いたが、その方々へ伝えるかのごとくの姿だった。
円熟している先生の学問と解説のすばらしさを映像に残しておく気がTV局はないのかなー。

かつて出演してらして好評だった「古典への招待」もDVDはない。
こんど時間ができたら、NHKのアーカイブスに「古典への招待」のころの三田村先生の
源氏物語の解説を見に行こうかと思っている。

いやー、しかし、さいたま劇場は遠いですー。2時間はかかりました。
劇場近くのお煎餅屋さんでおみやげ購入。
しっかりした草加煎餅でお米もしょうゆも真っ当でした。
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by ginsuisen | 2008-06-09 22:57 | こんなことあんなこと