大好きな能楽鑑賞から料理まで、日常さまざまの記録
by ginsuisen
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カテゴリ:感激・舞台( 76 )
友枝さんの邯鄲 日経能
見にいっていたのに、なかなか書けないでいました。
日経新聞社主催の能の会。6月9日火曜日@国立能楽堂 18時~
今年は、能は邯鄲、狂言は萩大名がテーマ。
初日は、狂言が野村万蔵家に、能は友枝さん。
2日目は、狂言は万作家、能は浅見さん。
こういう催しはうれしいが、両日見に行く気力はなし。
結局、というか、もちろん友枝さんだけにする。
しかし、あまりのすばらしさに、驚愕し、なかなか感想が書けないでいた。
おそらく、ずっと胸に残るのではないだろうか。

それは、自分の感じ方も変わったせいかもしれない。
また、自分を取り巻く環境の変化かもしれないが・・
かなり、来し方、行く末をズドンと感じてしまった。

友枝さんの邯鄲を見たのは、一昨年、2007年の5月の友枝昭世の会。
あのときは、確か、がんばって、正面席だった。
でも、脇柱とかぶり、今一舞が見えなかったっけ(もっともチケットが買えただけ文句なしの友枝プラチナチケットだ、文句はいっては勿体無い)。

今回は脇正面からの席。一畳台がしっかり正面に見えます。

盧生が出てくる。若い、悩める顔だ。これは前回同様だが、
なぜ、邯鄲の地に来たのだろう、その因果を考えてしまった。
それは「村雨がふってきて・・」と、傘の出という特殊は小書き演出での登場。

この傘が美しかった。唐傘は16本の骨だろうか、こまかく、縁先は、折りかえっているような白い傘。
傘のせいで、顔の表情が読み取れないが、悩める顔はよくわかる。
宿の主人が今回は、なんとなくしたり顔風なのがよかった。
また若者が来た来た・・今日もこの枕でも貸してやろうかという感じだ。

盧生が枕に伏せたとおもったところから、舞台転換の早いこと。
これは、疲れていても寝ていられない。
見張ってないと大変。

勅使が来て、王になる人だと告げてから、盧生の顔がだんだん変わってくる。
いや、変わってくるのではなく、変わって見えるのだ。
威厳のある王に、そして、覇王に、そして、老いていく王に。
喜びの舞・一畳台の舞は、それはそれは優雅でした。
(やっぱり、邯鄲は脇が美味しいのかも)
橋掛かりでの舞・天下国家を見下ろすゆとり。

しかし、子方以下臣下が退いてからの動作の速いこと、速いこと。
一畳台に飛び込んで、あっという間にもとの、寝姿になる。

そう、それは、粟の粥が炊けるほんの一睡。おそらく20分か25分だろう。
米が炊けるのは、どんな量でも20分はかかる。

目覚めた盧生の顔は、もう王ではなかった。

また、来るようにという宿屋の女主人。

また、人生に悩んだら、一睡の夢を見においでということだろうか。

今、ここにいる私の現実。
かつての遠い日のことは夢だったようない気がするときがある。
子どもたちの幼い日々、父に誘われて、海辺の家に行った日々、
何もかも、人生とは、夢のような・・
そして、今、老いた母と食事をする。これも一睡の夢で、
この先にはもっとすごい現実があるのではないかと思ってしまう。

さあ、明日の現実は、またはかない夢のように過ぎていくのかもしれないけれど、
過ごさねば。。

そんなことを観劇後の今まで思っていました。

邯鄲・盧生のその後を知りたい。

以前のブログ
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by ginsuisen | 2009-06-24 10:53 | 感激・舞台
友枝昭世の会 15回で休会に
5月は友枝昭世の会・・毎年の行事になっているこのごろ。

今年は5月23日土曜日 1時から 緑の5月のいい天気の日でした。

インフルエンザの脅威にもめげず、集まったり・満席の客。
ロビーや廊下に、今までの会の写真がある。
その中で道成寺の橋掛かりを思いつめたように進む写真に釘付けになる。
東條睦子さんというカメラマン。
あの友枝さんの白拍子の一心不乱の出を瞬間にとらえている。
そう、友枝さんの道成寺は思いをつのらせ、思いつめ、常識とか慣習などにとらわれない
女の一途な思いを見せてくれたのだ。哀れな少女・・

パンフレットにある「この15回をもって休会」という言葉に納得した。
だから、今までの写真が飾ってあるのだ。

その最後を飾る演目は「実盛」
私は初見。
72歳・・当時としてはかなりの高齢の実盛は戦に向かうにあたり、
白髪白髭を黒く染める・・エー!! 染めるなんて発想があったの~?
と思ったけれど、影武者の時代だもんね、あるのね~。

女優さんが若く見せるために、皮膚の下に注入したりするのと同じかしら。
あれって、樹樹希林は横顔が写ると判ると言っていたっけ。
以来、我が家では、年取った女優さんが出演すると「入れてる」「入れてない」なんて言っているが・・

いや~、こんなお軽い問題ではなく、舞台は重く緊迫感たっぷりでございました。

寝ちゃうかなー、隣の友人はおそらく寝ていると思っていただろうが、
つい目をつぶって、問答ややり取りを聞いてしまった、前場。
間狂言が上人さま・閑さん!がぶつぶつ言っているといっているというところが始まりで、
シテの老人が現れてからは、二人の問答のみ。
謡もなかなか始まらない。
ましてや囃し方はず~っと、気をつけの姿勢で動かない。
だから、金春さん出てないで代理坊ちゃんなのねーと気づく。
何々これ・・こういう能なの~?って思いながら、引き込まれる。
解説に上人が名前を尋ねたとき、小声でそっと内緒話にように応えるとあったので、
それは何時・何時・と身構えてみてしまった。
そして、その間に閑さん、ずっと、ほんとうに内緒話を聞くように、
身を乗り出している・・素敵でした。

最後のころにやっと、謡と囃し方のBGMとなって前場は終わる。

間狂言 ・・うんうんここでみんな寝るかな。と思って聞いていたけれど、とても清明で
さわやかな間語りでした。
そうなのかー。実盛ってそういう人だったのねーと脇の上人とともに聞いてわかった気分に。

 実盛について・このサイト詳しく面白いです→。
後場
亡霊の実盛は黒髪ではなく、白髪で出現。
しかし、その心体の強さはバンバン、ビンビン(清志郎ならこういうかな)と発散している。
自らの人生、戦いを示し、
自分の首を洗う場面まで見せる。
いわば、引退した老人の自叙伝のような能。
だが、老いているのではなく、心根は若いのだと示す、それが黒染めだったのだ。


 思わず、浮かんだのが
狂言小舞 「若松」でした
 初春や 君を祝うや千代の松
 果実の時をうる故に
 一千年のうちにても 百年に一度づつ
 老いては若やぎ、老いては若やぎて
 緑の色は若松の
 常盤木の幾久し 千歳の松ぞめでたき
 


能の前の狂言は樋の酒
 萬さん、万蔵さん親子のあったかい狂言、
 頭で考えるのではなく、心ほんわか身体で感じる狂言。
 いいですねー。能とセットになるときはこのくらいでないと。

番組表は後ほど書きますわー。

京都からの友人、久しぶりに能にきた友人と邂逅。
この人たちと見始めたのよね~と思いつつ、
帰路カフェモカのアイスを駅前で飲みました。
 

追記)
 粟谷明生さんが、実盛の老体における執念について書いておられます。
 なかなかおもしろく、なるほど~でした。こちら→


パンフレットの友枝さんの挨拶
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by ginsuisen | 2009-05-26 09:26 | 感激・舞台
能楽現在形 祭りのような3日間の能が終わった
今年の能楽現在形は、4月3日間同じ演目、あとは12月という・・
まあ、変則的というかマニアックな公演だ。
詳しくは、橋の会のHPに載っています。

なんだか終わって、もう何日もたっているのですが、やっとこ書けました。
相変わらず、書きなぐりです、ご容赦ください。

演目は望月
 これって、一度見たことがあるが、能的ではなく、とっても歌舞伎風というか文楽風の番組だとそのとき思った記憶がある。あまりのめりこめる番組でなかったなーの印象。

以前に見たのはいつだったかなーと思って調べたら、2000年の粟谷家の会でした。

初日 4月8日のシテは片山清司さん。
若い家来で、憤慨を体にこめた、背筋の伸びた美しい武者で、
世間ずれした宿屋の主人ではなかったです。
いつか敵討ちをと強い心を秘めた感じがせつないくらいの武者ぶり。
中正面の私に向かって、座る姿にばかり目がいってしまって・・橋掛かりでの母と息子のやりとりは、ついついのがしがちでした。
こちら見ている側としては、いつ、「討とう」の子方の声がかかるのかとか、鞨鼓を討つのは?獅子登場は?
めくら瞽女の杖を落とすのはどこで?などが気になり、はらはらどきどきでした。

獅子の装束は片山さんは長袴のまま。それだけに、やはり美しい!
ツレの安田の妻は梅若晋也さん。
シテの宿・甲屋に現れた、母子を見た、シテ・友房は、すぐにわかる。
(これは、かなりの親密かと解釈したのですが・・確か、事件が起きたときは、京にいたはず。それ以前から知っていたのに、妻は知らなかったということは、垣間見か・・なーんて)
そんな人知れずの恋慕を秘めているのではと思ってしまうほどに、
清司さんの友房には、思いが強く感じられました。
獅子になって現れた清司さんの装束・下は長袴のまま。
それでの獅子だったので、宴席での獅子舞なんだなーという、美しい獅子でした。
囃し方のすさまじさは、広忠君の獅子吼えのような声がひっぱります。
安宅の延年、石橋の獅子以上のような、激しさ。
敵討ちの雰囲気をどんどん作り上げていき、能楽堂にいるのを忘れさせるような・・
そして、見事敵を討ったあとの静けさとの対比もよかったなー。
この日の子方ちゃんも、立派でけなげ、敵を討ったときには、
見ているこちらも、よかった、よかった・・と思わず胸をなでおろしてしまいました。

それにしても、以前の感想同様に、非常に歌舞伎っぽかった感じの舞台で、
これも能なのかな~という印象でした。

この日、能に先立つ一調は、四郎さんの願書。
重い謡を支える大鼓は広忠君。この日の望月の前兆のような一調でした。
狂言小舞(狂言の場合、仕舞とはいわず、遠慮したような小舞という・・たいていは狂言の余興で謡われるもの。でも、ちゃんと起承転結の舞でもある)は、住吉。これ、難しいのです、確か。能の謡のような節回し(狂言の場合は、割とメリハリがあるが、能は、リズムの抑揚が長い)なのです。地頭は、もちろん万作先生で、深田、高野両弟子がついていくが、ちょっと??だったかなー。
舞は萬斎さん。これはもう住吉のやわらかい謡をよく飲み込んだ感じですばらしかった。

春・桜散るいい春の宵でした。

さて、実は2日目の11日(土曜)シテ・金井さん(宝生)は、用事があっていかれませんでした。
友人たちの話では、囃子も金井さんも思い切り、跳ねた、激しいかっこいい望月だったそうです。


3日目の14日(火曜)トリをつとめるのは、そう、我らが友枝さん。
能になるまでが待ち遠しいような時間でした。

一調 勧進帳
塩津さんに広忠君。いいわー、塩津さん、喜多流の静かで重い安宅が見えるような。
狂言小舞
萬斎さんの景清。うーん、ひさびさのカッコいい平家物語の一部分。
イヨッ!アクシチビョウエ景清!
でも~、やっぱり、萬斎さんは「見るべきものは見つ・」の知盛かな~・・なんて。
謡も石田さん率いた、強吟で、力強かったです。
さらにおまけは、喜多の重鎮。香川さんの鷺乱。幸弘君の金春さんの一調一管。
香川さんの鷺もきれいでしょうね~、きっとと思わせるような優雅な謡でした。
(あー、粟谷一家がいないなーと思ったら、広島の桃花祭で出られなかったみたい)

さてさて、友枝さんの望月の始まり、始まり・・

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by ginsuisen | 2009-04-21 15:50 | 感激・舞台
見てきました ドキュメンタリー映画「小三治」
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saheiziさんのブログで知った映画・「小三治」をやっと見てきました。
あの、横浜のディープな映画館、ジャック&ベティです。
朝の10時半からの1回だけの上映。

小さな映画館なので、見渡せる客席はまるで寄席のよう。
笑うところも、落語のつぼをよくご存知のところでおきます。

落語に詳しくない私は妙なところばかり見てました。
中でも、とても興味深かったのは、小三治さんのリュック。どこにいくのもいつも背負ってます。
あの中には着物は入ってないような。
で、衣装は、楽屋に用意してあるのでしょうね。
いつぞや、池袋の楽屋口で見かけたのと同じような、帽子に藍染めのチョッキであらわれたときは、
なんとなくアーティスト・小三治さんのようですが、
さすが、着物を着て、羽織をお弟子さんに羽織ってもらった瞬間に、
小三治師匠でした。
そう、ほんとうに芸人!
夏の絽の着物のとき、秋の合いもののとき・・あの家紋はなんでしょう。

話題の「うた・ま・く・ら」では、タキシードのようなシャツに、でもタイではなく、
シルクか何かのやわらかいマフラーでした。これも藍染め?
マフラーは何本持っているかしら・・なんて思ってしまいました。
シルク風や織物風など、結構民芸調でした。
誰が買ってくるのかなー。お嬢さんかなー。
そのときの楽屋に来ていた、お嬢さんもそっくりなきれいな方でしたー。
あと、お兄さんのお嫁さんも。

それから、楽屋食卓の上の、おまんじゅうやおにぎりや鯛焼きなどなども。
それから、いつも桐の箱の納められている蓋つきのお茶碗・・あれは有田?
それから緑の飲み物・・あれは、青汁系?興味深々なミーハー目線で見てました。

扇橋さんと温泉での裸姿も・・うーん、おじいさんの裸でしたねー。
姿はおじいさんでも、かわいい少年二人のような。

そうして、三三さんの襲名披露のとき、よかったですねー。
三三の一生懸命な目が師匠を信頼しているのがよくわかりました。
未来よ!という感じで。

それから、話題の鰍沢。あの苦しみように見ているほうが熱くなります。

映画の演出もすばらしかった!

ドキュメンタリーの難しさを超えた、あったかいカメラの目線と小三治さんが一体になった映画でした。

よかったです、見に行って。4月にはまたアンコール上映があるよう。
またいっちゃうかも。

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映画館のビルの1階にある中華屋さんでランチしてみました。
ネットで検索していたら、美味しいとあった店。
なんと・すごい、福健と四川料理がメニューにいっぱい。アヒルの舌とか牡蠣のお好み焼きなどなど気になるものがいっぱい。でも、この日は一人なので、定食の麻婆豆腐かけごはん・スープ、デザート(亀ゼリーでした)つきに、水餃子を頼んでみました。そうしたら、すごいボリューム。
店のTVでは、WBCの放映。ひりひりの口で美味しく食べました。


映画館は、ここ→ジャック&ベティ
4月11日からアンコール上映は、10時からの1回上映。この時間、年寄り向けかな。
横浜の地下鉄、ブルーラインで坂東橋から徒歩7分。駅からは近いです。
阪東橋から私の好きな横浜橋商店街が右ならば左の反対方向へ歩いていくとあります。
あとは、関内から伊勢崎町通りをずっと歩いてくれば、15分かな。

映画館からの帰りには、もちろん、横浜橋商店街で買い物をして帰りました。
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by ginsuisen | 2009-03-25 13:19 | 感激・舞台
あぜくらの集い 新春「笛」の演奏会
またまた遅い更新です。

国立演芸場で、初春寄席で小三治さんを聞いた翌日の1月8日 16時半からの公演です。

あぜくら会の会員になって以来、何回か応募した「集い」無料のレクチャー会だが、
今まで当たったためしがなかった。
ダメ元で出したら、なんと2名当選。
友人と誘い合わせて行ったのは、1月8日のことです。
午後4時開場ですが、さすが無料の会とあって、集まってましたねー。
整理券は200番台。
入場したら、なんとみんな正面席。こういう笛とかの会はねらい目は脇か中正とさっと脇へ回って、前から2列目を確保。

最初は
素囃子 高砂
笛 栗林祐輔 小鼓 森貴史 大鼓 大倉慶乃助 太鼓 大川典良
どうやら大倉さんは正之助さんの長男、それ以外は国立研修を卒業した、有望若手のよう。
栗林君は77年、森君は75年、大川君は73年、大倉訓は83年生まれだ。
高砂はなんど聞いてもいいですね。神様がもうにぎやかに舞っているよう。
日本人なら、みんな踊りだしてしまいそうな・・。めでたい曲だ。

お次は、藤田六郎兵衛さんが登場し、
能管の説明がまずあった。
フムフムこのあたりは、以前に幸弘君が説明してくれていたので、
ちょっと復習気分。
飛騨の高山あたりの家で何百年もいぶされた煤竹を使っているのだそうな。
東儀さんの雅楽のものもそんな説明だった。
でもって、まだ何百年分は確保していると東儀さんは言っていましたね。
六郎兵衛さんの話で、おもしろかったのは、いっときも笛を吹かない日というか、
音色を絶やさないようにするのが、笛師の努めだそうで、
何をおいても、笛を持って逃げるようにがご先祖からの言い伝えだとか。

で、笛には三流あって・・とお話が初まり、さてさて、幸弘君に松田さんも登場。パンフに配られたいる獅子の笛の音符というのか、オヒヤリのところを歌ってみせてくれた。
で、ほらね、中正に向かって座ってくれましたから、
中正よりの脇の私らは、真正面。直接向かってきます。
幸弘君、せっかく5から6本ほどの笛を腰にさしてきたのですが、
六郎兵衛さんの立て板に水のような、よどみない解説には、
駄洒落をはさむ余地もなし、
「僕はドレミもできます」もなし(能管にはドレミ音階がないと六郎兵衛さんが前に解説したのです)。ちょっと正統派説明でした。

しかし、3人がそれぞれの流儀の歌ってみせる笛の音階は、まるで、オペラのよう。
確か、幸弘君の話でもあったけれど、まず、笛のお稽古はこの歌うから始まり、
これが完全にできて、やっと楽器にさわらせてもらうとか。
でもって、幸弘君は幼少時より、これがすべて耳に入り、
いざ、お稽古ではさらさらとできたと・・どこぞで読んだような。
留めは、3人が同時に獅子を奏でる。
そのすさまじいこと!3匹の獅子は谷から谷へ飛び交うごとしでした。

このあとは、三流派(六郎兵衛さんはわざと三流と言ってました。本人以外は二流とも。この表現は可笑しい。文系に対する美系(美形ではない)くらい)
一人ずつが、得意技の披露ということでしょうか。
いずれ劣らずに、その性格が出てました。

一管 「盤渉乃音取」 一噌幸弘 
何よりも、誰も邪魔されない一人舞台の幸弘君は、2本か3本挿してきた笛を途中でとぎれることなく代えながら吹き続ける。もうあっぱれというしかないほどのピヒャラピーピーぶり。
 *音取とは能開始の序曲として奏されるものだが、この「盤渉乃音取」は、能では演奏しないで、一管・独奏のみで演奏する特殊な曲。調子の名前のついた音取は五曲ある。盤渉(ばんしき)のほかに平調(ひょうちょう)、雙調、黄渉(おうしょう)。一越(いちえつ)がある。これで五調子の音取と呼ばれる。

一管 「乱」 松田弘之
松田さんはまじめで、自然界と融合するような、美しい音色そのままの真摯さ。
乱といえども、いいお酒の酔いっぷりです。

一調 一管 「瀧流延年乃舞」 藤田六郎兵衛 大倉源次郎
六郎兵衛さんは、小鼓・源次郎さんとの創作物。これはこれで、力強く(作ったのがお互い若くかなり前なので体力がとパンフにあり)、切れのいい音が余韻に残るものでした。
 *13年前に現代の一調一管として二人が作ったもの。初段の延年の笛の唱歌を、二段より瀧流の藤田流独自の吹きソラシと大倉流独自の五色流し(ゴシキ・小鼓の奏法)を取り入れたもの。緊張感あふれる曲。

それにしてもなー。本当に、すばらしいものと出会ってしまったと、
見所冥利につきる思いでした。

で、この日は初の能楽堂だったので、いつものメンバーでそれは盛り上がったのでした。
えーと、カキフライ5個で650円だったかしら。美味しかったですねー。


追記
 六郎兵衛さんも幸弘君も、代々の笛方の生まれだが、松田さんは違う。それだけに、努力と情熱をあの美しく、ふっくらとした音色の陰にあるのをこの日、強く思いました。
あの人柄と脱線しない真面目な松田さんが、だからこそ、新作能や創作に関わっているのかも、なんてことも。六郎兵衛さんがそれについて、ちゃんとフォローして宣伝していましたっけ。
幸弘君については、能楽堂以外の活動の場について、ちょこっとフォローでしたが。どうも、ほっておくと、どんどん幸弘ペースになるのをセーブしていたみたいかも。何しろ能楽協会事務局長さんですものね、六郎兵衛さんは。お疲れ様でした~。どなたかのブログで、見ましたがこんなにすばらしい会なのだから、無料にせずに、チャリティー箱を用意して、どこかに寄付すればいいのに・・とありました。同感です。
あれだけの天才、才能者を集める会、またやってくださーい。建前無料でチャリティーってどうでしょう。
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by ginsuisen | 2009-01-20 01:30 | 感激・舞台
2008年の最後は 花供養
そして、クリスマスも過ぎた、26日、同じく寒い宝生への階段を上がって、見に行ったのは、
白州正子、没後10年記念多田富雄・新作能「花供養」です。

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初めに、川瀬さんによる華活け。
これもお目当てだったのです。かつて見た立花供養がすごかったので。
それはそれは厳かに、舞台中央に、花台を置き、花瓶(黒い備前かなー)に、
白い椿と柳の1枝を活けただけ。柳の枝をくるんと回して、形を決めた川瀬さん、すごかったです。

しかし、このお華・・休憩をはさんで、本舞台が始まる前には、さっさと片付けられました。
まるで、お懐石の食事の後始末のように、川瀬さんの懐に包むようにささっと。

何もなくなったところで、ワキと作り物(屋根の上には白い椿がたっぷりと)と登場です。
で、ワキが、正子さんの本を全部読んだ・・といいながら、縁の地に来てみると・・と始まります。
そうです、今、鶴川にあるあの武相荘ですよね。
(あそこねー・・遠いですねー。鶴川って)

うーん、これね、正子さんがいかに多くのすごい友人たち&夫とともに人生を過ごし、
お能にも造詣が深くて、晩年は、その思い出とともに、さらにエッセイストとして境地を開いて、
それはそれは、すばらしい、婆となっていたという、いわば老女ものの能として、
書き上げている・・ま、こんな風に受け取る私が浅薄ではあります・・ごめんなさい多田さま。
多田富雄さんが、身近な存在の白州さんの心情を表現したのでしょう。
そして、身近な梅若六郎さんが白州さんになり、舞う。
それはそれで、うーん、六郎さんは思い出の中で舞う白州正子の心を美しく浄化し、気持ちがこめられていたと思います。
そして、能を若くして、舞うのをやめたのは、両性具有の存在に、なりたかったという気持ちから・・みたいなことなんだそうです。
で、間狂言はなんと、女優の真野響子さんが、着流しの着物で、登場し、語るという設定。
うーん、決してね、下手ではありませんでした。ちょっと滑った箇所のあったけど・・
でも、必要だったのかなー。
あえて、間によって、人生を語るなんてなくても、十分、脇への前シテの説明でわかったのではないかと思いました。

それに、私自身は、白州さんの印象は、もっと俗気のある、おもしろい婆さんだったのではないか、最後まで、探究心と好奇心にあふれ、美味しいものを食べ、好きなところに行き、
言いたいことをいい・・寒いからといって、暖房も入れずに、熱いからといって冷房もせず、
網戸もない、あの鶴川の家で、いつも帽子やターバンをかぶり(頭洗っていたのかなー、それとも私と同じで美容院嫌いか)・・そんな生活をしていた・・。
で、能を断念したのは、自分の女としての存在を知り、能は、両性具有とかではなく、それを超えたもっと浄化した存在にならないとダメだと悟ったからではないか・・と勝手に思っていました。
同時に、当時の梅若実さんたちの天才たちを目の当たりにして、同じ舞台に立つのは・・と思ったのではないか(勝気だから)。
そして、見なくなったのは、そうした天才が次々にいなくなり、見る価値の人がいなくなった。
それよりも仏像や草木の中に、大きな存在を感じだのではないか・・
しかし、晩年、友枝喜久夫の能と出会い、再び、大きな世界観を得ることができた。
だからこそ「老い木の花」という文章が生まれたのでは・・と私は勝手に解釈していました。

そういう意味で、多田先生のように身近な方が、あのようなプライベートな正子像としてシテに仕上げてしまうと、なんとなく??の気持ちでしたが。

ま、正子さんの本の読者としてのすべて、身勝手な言い分かもしれません。

真野響子さん・・は、果たして、正子さんと交流があったのかどうなのか。
交流があったから舞台に間として立ったのならいいけれど。
なんだかなー。これから調整するのでしょうけれど、
仲良しこよしで、白州さんを追悼しているようなものを見た気分でした。


ごめんなさい。かなり冷たい目線だったかも。

地謡で登場されていた柴田稔さんのブログ→
この日の内容やお花などの写真が丁寧にのっています。
柴田さんのブログは、花供養続編もあります。
それによると、NHKで2月22日にドキュメンタリーで放映されるみたいです。
今年は白州正子年でしょうか。うーん、なんだかなー。
そっとしておきたい人です。地蔵のように。
笑っているのではないかなー、このもてはやし方を見て。
それとも好きかなー、こういうの。

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by ginsuisen | 2009-01-19 21:58 | 感激・舞台
200812月に見たのは 能楽現在形と花供養
去年の年末に見たお能は、能楽現在形と花供養でした。

能楽現在形第7回@宝生 12月16日
お能は、片山清司さんの「芭蕉」。
この芭蕉というお能・・私には、以前見てはいるのですが、そのときの印象が、まったく欠落。
まだお能にはまってまもないころで、芭蕉は植物ではなく、人物のほうかと思ってで予習もせずにでかけたのだったと思います。すると、なんと植物?そして、植物が女性となる??のまま、頭は真っ白になってよくよく気持ちよく眠りについたことしか、おぼえていません。
で、以来、芭蕉は遠慮していたのでした。トホホ。そんな一抹の不安を抱えて行きました。
寒いでしたねー。

はじめは、居囃子 「三井寺」
六郎さんが名前を玄祥と変わっていました。なんかお坊さんのようですね。
この居囃子・・ 幸弘、ナリタツ、忠雄パパの囃子とともに、謡うのですが、
なんかすごーくよかったです。
お話の内容をとっさに思い出せなくて、ちょっと、あれー?だったのですけれど、
途中から、あーそうだった、母子が最後に会えるのだったと。

さて、さて、私には鬼門のこの日の芭蕉・・きれいでした。そして、とても艶がありました。
序の舞で、手をかざしたとき、大きな袖がかえると、それはまさに芭蕉の葉のように見えました。
こんど、芭蕉の葉陰の下に行ったら、声が聞こえるのではないかと思います。
パンフレットにある、萬斎さんと清司さんの対談を読むと、その清司さんの言葉が印象的です。

「中世には女人成仏のタブーがあるわけですが、そのこともあって人か草木か、いったいどちらかという存在となっている。けれど控えめに僧を口説いていくような、ところもないといけないと思うのです。」
「演じる側の一番の原点は、中世において女人成仏はなぜ出来ないのかという疑問を持っていて、草木に置き換えてでも少しでも成仏に近寄りたいと思っている、それを何層にも覆い隠して、やはり草木っぽく見えるところまで隠していかなければならない。しかし隠すなら初めから無くて良いのかというと、演じる側としてはどうなのかと疑問が出てくるのです。」

そして、父九郎衛門さんが、「なんで芭蕉なんや」と言ったというのもおもしろかったです。
能楽現在形がある意味で、マニアックな能会への道を歩んでいること。それは、プロデューサー、土屋さんと萬斎、広忠、幸弘の天才2世(政治家2世と違って、ちゃんと育っていることに感動!)たちの目論見なのでしょう。さて、さて、この3人の魅力で、能楽ファンをぐいぐい引っ張っていこうというのだろうな・・・・と思いつつ、寒い寒い宝生をあとにしました。
(この日、緒形拳さんの最後のドラマ・フジTV開局50周年記念番組「風のガーデン」の最終回だったのです。このドラマを見るたびに思いました。倉本聰って、やっぱりもう古いなーって。先の見える台詞、ありえない設定、ドウダドウダ的なお涙のおしつけにウンザリ・・しつつも、拳さんのドラマなので見たのでしたが。これに比べて、NHKの「帽子」はすばらしかったです。広島に行ったら、拳さんの帽子屋さんに会えそうな気がしました。あれれ、脱線してしまいましたね)。


花供養は、次に書きます。

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by ginsuisen | 2009-01-18 01:04 | 感激・舞台
観世寿夫さんをTVで。
今日は寒い日です。
エアコンをつけて引きこもっている状態。
昼間から白菜肉団子スープを作る。

14時~教育TVで観世寿夫さんの至芸が放映。

フランスのために特別に撮られたという演じることのなかった安宅の写真。ご自分の謡をテープに取り、ご自宅のカーテンの前で舞う「海人」の仕舞。これもジャンルイバローのためのものだったとか。
そして、俊寛 装束がそれまでのものと違い、亡霊装束に黒髪。
そして、井筒 いずれもTVと思えぬスゴサ。
やはり世阿弥再来と言われた天才。そういう言葉が軽すぎるほど。
よかったー、家にいて。

NHK芸能花舞台は土曜日に再放送、日曜日夜に再再放送があるみたい。
必見ものです。
芸能花舞台
再放送  土曜日 29日 朝 5時15分~5時59分
再再放送 日曜日 30日 夜 23時30分~24時14分
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by ginsuisen | 2008-11-27 15:26 | 感激・舞台
もう一度聞きたかった藤田大五郎さんのお笛
藤田大五郎さんが亡くなられました。
ここのところ、休演が続いておられ、心配していましたが・・
あの叙情豊かな笛の音は、初心者の私にも響いて、舞台をぐっとひきしめていました。

大倉源次郎さんのHPの華通信にも、柴田稔さんのブログにも、載っています。

忘れないための記録として、ブログの載せておきます。
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by ginsuisen | 2008-11-20 23:33 | 感激・舞台
道成寺の舞台 思い出 友枝さんのあれはいつ?
井上真也さんの道成寺
ほんとうに立派な披きの舞台だったと思います。
そりゃ多少ね、後場になってのすさまじさがちょっと欠けてはいたかもしれませんが、
昭世さんのあの娘の哀しさをちゃんと受け継いだ、友枝家の道成寺(ごめんなさい、他の喜多流のを見てないのよねー)を継いでいたと思います。

あれは、いつだったのだろう、友枝さんのあの衝撃の道成寺は・・と思って、
調べてみたら、ブログを始める前だったのですね。
ちょうど国立の20周年記念の会だったようです。
それまで、見ていた道成寺への印象は、
執念深い女の怨念の物語と、浅薄に思っていたのですねー、私。

友枝さんの道成寺を見たとき、それがガーンと違っていたことに思い知らされました。

子どものころから、あの人はお前の夫になる人だよといい聞かされてきた少女。
いつ、いつになったら迎えにきてくれるのと鄙びた村で待ち焦がれ、
その間におそらくあったであろう縁談の話もこばんできたのでしょう。
それなのに、あれは・・大人の戯言だったとは。
裏切りへ思い、重ねた年月への思いが、あのような執念になった。

思いつめた友枝さんが乱拍子を踏むときのあのすごさ、ひたひたとした思いが
今も記憶にあります。
そして、鐘から出てきた女は赤い緋袴に白の着物だったと記憶(違っていたらごめんなさい。確か清和さんもそうだったような)。
そして、柱にからみついた姿の哀しい哀しい女・・
初めて、涙がこぼれた道成寺でした。

後に知ったのですが、かつて、友枝さんは道成寺の鐘入りで頭を打ったことがあり、死線をさまようことになったとか。道成寺はそれほどに危険を伴う舞台だったのだそうです。

このときのメンバーがスゴイ!笛は藤田六郎兵衛、大鼓は亀井忠雄、そして、小鼓はこのときが確か初見の成田達志さん。スゴイ重鎮の中での若き成田さんの小鼓にしびれましたねー。
あれからですよね、成田さんが東京にバンバン呼ばれるようになったのは確か。
このときのことがね、成田さんがインタビューで応えています。
なるほど~と思いますので読んでみてください。

私も忘れそうな記憶なので、成田さんのインタビューをここに残しておくことにしました。

で、思ったこと。
こんどの真也さんの道成寺は、そんな縁の成田さんが上手にリードしてあげたのでしょうね・と。

成田さんのインタビュー・・下のほうにある花形能舞台のインタビューからの抜粋があります。こちら→
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by ginsuisen | 2008-11-12 12:43 | 感激・舞台