大好きな能楽鑑賞から料理まで、日常さまざまの記録
by ginsuisen
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カテゴリ:感激・舞台( 76 )
日経能 隅田川 母の愛
お能の感想が遅れております。

毎年の日経新聞主催のお能行きました。
6月7日 @国立能楽堂 中正面での鑑賞
今年は狂言は、万作師、石田幸雄さんの文荷。能は隅田川でした。

隅田川・・何回もみたけれど・・印象的だったのは、友枝さんが2日連続で、子方登場と子方無しの演出をそれぞれ見せてくれたこと。
子方が登場するのも哀しいけれど、子方無しは、いっそうに、母だけに見える子を追いかける姿が印象的でした。

さて、今回の隅田川
驚きました。
激しいのです。
船の中で、子供の名前を聞き、傘をバサッと落とし、膝をガクッと折るところ・・音がするほどでした。
そして、船頭に迫り、返せというとき・・
欣也さんの両肩をつかんで、激しくゆすり、「返せ~返せ~」そのすさまじさに驚きました。
舞台を見たのは、
もう何日も経っていますが、光景は忘れられません。
ふと思うと、その母の姿は、津波で失った家族への想いを伝える東北の人と重なることに、
今頃気づきました。

友枝さん・・そんな思いだったのでしょうか。

この返せ・・以前に、拉致問題が沸き起こっていたときに、父が子供に会いたい思いを伝える、確か、花月でも感じました。あれは、いつだったかなー。思い出したら、書きます。
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by ginsuisen | 2012-07-04 16:03 | 感激・舞台
今年もお正月の小三治さんに会えました
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今年もありがたいことに、国立演芸場の名人会の千秋楽1月7日土曜日のチケットが取れ、
小三治さんに会えました。

国立演芸場のお正月は、獅子舞や神楽もあって、おめでた尽くし。
こんなにお安くて、お正月が味わえるのですから不慣れでも一度は行くべしと思います。

マジックの世津子さんの衣装も華やかな黒の上下にキラキラがついていました。
いつもより凝ったマジック?大成功!

正楽さんの紙切り・・2,3日前にNHKで出てらしたので、なんだかうれしい。
みなさん、羽根つきに始まって、なんとアンパンマンの注文をなさる方も。
大相撲なんていうのがやっぱりいいですねー。
野田総理の注文にはあれれでした。頭にドジョウをつけてのできあがり。
なんだかなーの注文でしたねー。

寒い中で到着し、ときどきうつらうつらしながら、あー、やっとお正月の気分だなーって思えました。

演目?これはもう、saheiziさんのブログでどうぞ。すんません、saheiziさん。

写真は、前のほうに座っていた友人がゲットした恒例手ぬぐい巻の、手ぬぐい。
図柄は冨獄三十六景の富士山です。
持つべきものは友人かな。

さて、この日は七草。でも落語で聞きながら、我が家も七草ではなくて、あるのはキャベツと白菜、三つ葉だなーって、うなづいていました。
で、恒例七草粥は、翌日に持ち越し。なんといっても、私、検査後ずっとおかゆ食べていたので、もうあきていたんですわー。

でもね、七草は七草なくてもいいんですよー。
例の野崎さんの「つなげていきたい 野崎洋光の二十四節気の食」にも書いてあります。
 『蕪や大根の葉でもいいんです』と。
 また、七草は、元は千草といって七種の雑穀(米、粟、きび、ひえ、みこ、ごま、小豆)だったと か。
 それが、今のような七草になったのは、徳川家の畑に生えていたものが元とも言われています

だそうです。
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by ginsuisen | 2012-01-12 23:49 | 感激・舞台
今年も見てはいたのです
能の感想がすっかり滞っている。

見てはいたのです。
ただ、3・11以降、なんだか感想を書くことも何もかもぼーっとしていたような気がします。

現実、仕事は、振出に戻り、上りまでが苦しんでいました。
3・11を経験したあとで、どう表現すればいいのか、そればかりに追われていました。
ともかく、思ったことを表現していくしかないと腹をくくったときには、もうトンネルを抜け、
あとは進むだけでした。
そんなだったなーと思うと、何を見ていたのだろうと振り返ってみたら。

友枝さんのお能は、
4月の喜多流自主公演はどうしても行かれませんでした。ファイトがなかったのだと思います。
ま、腰が抜けていたんですね。

●6月3日 日経能 天鼓でした。
父が打つ、池の中で呼応する。
老人だったシテの悲しみは、この春のたくさんの悲しみの人を演じているようだった。
天才少年の鼓の舞は、天使のようでした。
フワフワとした中に、父の鼓と呼応する喜びに満ちていました。

狂言は、萬さんの蝸牛。日経能は、友枝さんには萬さん、浅見さんには万作家という組み合わせ。
ありがたい。おかげでなんとかチケットを購入できるわけですな。
萬さんの蝸牛。やわらかくあたたかく、滑稽で。
友枝さんの能の前の緊張をやわらげてくれる。
ここで、万作家だったらどうだろう、このやわらぎとは別のシニカルな笑いに心が緊張したかもしれない・・なんて。


●2011年9月14日(水)
東京能楽囃子科協議会定式能

ずいぶん前に購入した安くてお得なチケット。
仕事が大変な時期で、青息吐息で到着したら、友枝さんは休演。
代役は塩津さんだった。

山本さんの狂言
塩津さんの三輪。
やはり、この時代の山どうしの愛の伝え方は、大きすぎて、実感がわかない。
大和の景色を体感するしかないかなー。

●そして、広島・宮島へ。
今年は大好きな融が見られる・・勇んで行きました。
脇の椅子席の2列目。結構条件が悪く、舞台を実感できなかった。
もちろん、塩汲みの風情、幸弘君の永遠まで続きそうな笛の音の中での、
繰り返される舞の美しさに酔いしれたのですが・・
やはり、桟敷席がいいなー。
宮島の夜は美しく、時は10月10日まさに満月という明るさ。
静かな波。

朝、余韻が残るような神社まで散歩する。
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来年もこれるだろうか。

融は再び、国立能楽堂にて見ることに。

●その前に、友枝会。
「雄人さんの清経」。

妻は佐々木多門さん、この若い夫婦の緊張感がよかった。
形見の髪だけを渡されても満足できない妻。
夢に現れ、事の始終を語り、舞う清経。
きれいでしたー、ぶれない姿に圧倒されました。
以前にも拝見したはずなのに、雄人さんのぐんと大きくなられた感がしました。

「仕舞 小さい大風君が田村、雄太郎君は船弁慶」。
大風君も、立派な舞。大きくなられましたねー。
体は小さいけれど、大物の舞でした。
もうすっかり大きくなった雄太郎君、声がそろそろ変声期かなという感じ。
しばらく大きくなる前の、烏帽子折くらいをなさってくれるとうれしいなー。

「狂言は文荷」
萬さんのひょうひょうとした姿がゆらゆらとして、やわらかな笑いが心地よかったですー。

「六浦の友枝さん」。
六浦は、金沢八景の称名寺が舞台のお能。
秋になっても、1本の楓だけは紅葉しない・・・それは、かつて、美しく紅葉した折に、ほめられた
ことから、功名をとげたからには、もう紅葉しない・・なんてメルヘンチックなお話。
里の女の前シテから後シテは楓の精となった友枝さん。薄黄色の装束が楓を感じさせます。

舞・・きれいでしたー。
 詞章も素敵です。
 秋の夜の。千夜を一夜に。重ねても。言葉残りて。鳥や鳴かまし。
 八声の鳥も数数に。八声の鳥も数数に。鐘も聞こゆる。明け方の空の。
 所は六浦の浦風山風。吹きしおり吹きしおり。散るもみじ葉の。月に照り添いて。
 からくれないの庭の面。明けなば恥かし。暇申して帰る山路に。
 行くかと思えば木の間の月の。行くかと思えば木の間の月の。かげろう姿と。なりにけり


以前に称名寺に行ったこともあります。大きな池のある静かなお寺。
金沢文庫の図書資料室もありました。
確か、夏に毎年、萬斎さんが薪能で狂言をするところです。


そして、「石橋の友枝さんと真也さん」。
これがすばらしかったです。
真也さんも、しっかりと親獅子を追い、追いつき、じゃれあい、
友枝さんはそれを受け止める。
激しく、緊張感が高まる石橋・・いいですねー。
脇は宝生閑さん。
橋掛かり(私の席近く)を帰る二人の獅子。息が上がっていたのは・・真也さんでした。
すごい、友枝さん!

こんなに緊張し、かっこいい石橋・・もう二度とみられないかもねーと友人と語りながら帰宅しました。

●12月16日 国立の定例公演で友枝さんの融!でした。
このチケットは、偶然にもe+でゲット。初めてです。しかも正面席。
なんという幸運でしょう。

「狂言は雁礫」。初めてだったかも。おもしろい。
わかっているけど、フムフム、弓矢の念力で雁を落としたのよねー、主さん。
でも、礫で落としたというのもよく考えると・・
雁は、烏帽子で表現・・狂言らしいですねー。
萬家でしたので、のんびり、おっとり、ほんわか。

「能・融」宮島とは別の感情がなぜか沸いてきました。
幾星霜後、かつての栄華を頼りに老人が来る・・
それだけで、涙がでそうになりました。
あの老人はもしかして、・・と思えてしまったのです。

そこからは、そのまま融に入りました。
後シテの美しい貴人の姿は、平安の時代そのもの。
ゆるゆると舞う姿、月も見えます。
庭も見えます。なんと優雅な。
ありがたい、舞台でした。
今年の見納めにふさわしく、満ち足りた気分になりました。

同時に東北の地の人たちの多くが、かつての地への思いに魂がさまよっているのを感じました。

脇は欣哉さん、父上そっくりになってきましたねー。
笛は杉一和さん、宮島の幸弘君とは別の鋭さのなかに柔らかさを含む笛の音が、
舞っている間エンドレスに響きました。
宮島では幸弘君がやはりエンドレスでしたね、それはそれは天の舞のように。

ということで、まとめての感想でした。

今年が暮れていきます。
いろいろありすぎて、いっぱいいっぱいの気持ちですねー。

来年が本当に良い年になりますように。

春は必ずめぐってくる・・そんな気持ちでいたいです。

このつたないブログにお越しいただいている方、ありがとうございます。
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by ginsuisen | 2011-12-27 22:03 | 感激・舞台
宮島もね、行ってきたんです
遅い覚え書です。

今年も宮島いけました。いいお天気にめぐまれ、初めて、引き潮のときの鳥居の近くまで歩きました。
若布みたいなものがいっぱいあって、磯の香りぷんぷん。
あー、海なんだなって当たり前のような感想を持ちました。

神社の裏手の大願寺をお参りし、歴史民族博物館では、地元の豪商江上家の土蔵や屋敷を見学。
ロクロ、大きな釜、茶器、などなど薬缶も!を見学。薬缶大好きなFUKUYOKAさんも大喜び。

で、もちろん、お能は友枝さんの八島。

先日の景清を思い出しながら、見てしまいました。
瀬戸内の波間と八島はぴったり。

すばらしい八島でした。

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左は、民族館で見つけた、「茶入れ」茄子の形です。木製。右はもうすっかり暮れた鳥居。
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もちろんいただいた、宮島口・うえのの穴子丼。右は夜いただいた白鷹のいちじく。

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翌朝平和公園まで散歩。イサムノグチの平和大橋、何時見てもすばらしい!平和公園の「嵐の中の母子像」(右手で乳飲み子を抱え、左手で幼児を背負おうとしながら、前かがみ姿勢で生き抜こうとする母の姿を表す母の像)。

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左はノーマンカズン氏・1949年8月に広島を訪れ、ルポ「4年後のヒロシマ」を発表。そこには、原爆や戦争で肉親を失った子どもたちを育成する「精神養子」の考えも記されていた。これは、善意のアメリカ人が子どもたちと法的でない養子縁組を結び、養育費を送ることで子どもの成長を支えるというもので、約500人の子どもが精神養子となった。
右は、マルセルジュノー氏・1945年8月9日、赤十字国際委員会の駐日主席代表として来日 広島の原爆被災の惨状を聞くや直ちに占領軍総司令部へ行きヒロシマ救援を強く要請
9月8日調達した大量15屯の医薬品と共に廃墟の市街へ入り惨禍の実情を踏査 自らも被爆市民の治療にあたる。

原爆の地に、こんな立派な外国人たちがいたんだ!とちょっと感激。



あー、今年もこれました。よかった。来年も!と平和公園手前の白神神社にもお願いしました。

翌日は子どもたちと京都へ合流でした。
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by ginsuisen | 2010-10-30 18:37 | 感激・舞台
真夏のセルリアン
真夏が遠くなっています。

暑かったこの夏
鑑賞ブログも滞ったままでした。

でも、見てました。

7月17日 友枝さんの忠度に続いての喜多流は友枝雄人さんの山姥でした。

もちろん、師匠の昭世氏の山姥とは違います。
でも、この日の山姥は、とてもすばらしかったです。

何しに来たのだと、都の山姥ぶりへの問いかけ、
後シテの舞まで、完璧なまでに、心根を見せていました。

特にシテとシテツレ(井上真也氏)の2人がともに謡うとき、ちょうど万作・萬斎さん親子のハーモニーが、誰にも真似できない心地よさをこちらに訴えるのと同じように、あー、兄弟なんだなー、2人はと思えるほどに、
すばらしい唱和でした。

このように、若い後継者が飛躍しつつある舞台を見ることができたことの幸せ。
ほんとうによかったと思いました。


そして、9月1日・・まだ真夏日の国立の昼間に友枝さんの景清

この日、ありがたいことに脇の最前列。

もうそれはそれは、微妙な所作、キリキリとした戦いぶりもすべて、目の前で展開され、
景清の哀しみ、無常観を見ることができました。

ちょっと言葉にできないほどの忘れられない舞台になりました。

どこがどうと細かいことはそんなわけで、書くのはやめておこうと思っていたのですが、

見た・・ということだけは書いておかないとと思って・・忘れたころに書いているわけです。
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by ginsuisen | 2010-10-12 23:27 | 感激・舞台
能楽現在形に期待したことは
野村萬斎、一噌幸弘、亀井広忠・・・今の能楽界にこの三人がいなかったら・・・
私は、ここまで能にはまらなかったかもしれない。

そもそも、能のきっかけは、萬斎さんだ。

こんな風に暑い夏の昼間何気なく見ていた、教育TVの番組で、「今の能楽堂のお客さんは親父とともにいなくなってしまう。自分の世代のファンを作っていかないと・・」それが、彼のこれからの活動方向だった。
ちょうど、朝の連ドラで「あぐり」が放映され、吉行エイスケという役を演じ、ブレイクが始まろうとしていたころだ。あのエイスケを演じている若者、狂言、伝統の世界の厳しさなど・・断片的に私に突き刺さった。


私はというと、日本の食についての、一つの大きな仕事を終え、気が抜けていたころ。
自分が何も日本について知らなかったことに気づき、これから何をしようと思っていたころだ。

そして、ふと新聞を開くと、あるカルチャーサロンで、狂言教室が始まるという。
声を出すカルチャー?謡への興味、若いころ文楽が好きだったから本当は人形浄瑠璃が習いたいけど・・と漠然と思っていたのだけど、ま、のぞいてみようかと、申し込んでみたのだ。

そこで大きなカルチャーショックを受ける。
すぐに、おもしろさにはまる。同時に、教えてくださる先生方の真摯な姿勢に打たれる。
まったくの素人の生徒たちに対しても、まるで、伝統を受け継がせる相手のように、接する姿勢だ。
こちらも、オケイコなどと軽く思っていられない気迫だった。

時間15分前にきちんと袴姿でまっていてくださる万作先生・・人間国宝クラスにもかかわらず、単なるカルチャーの生徒に向かってくださる姿勢に感動した。
同時に、人間としての品格とは、下のものにも平等の心を恒に持っていることだと実感する。「偉い人ほど、偉ぶらない」。

さらにそこで、「狂言を知るためにも、能を見てください。高いお能でなくていいです、お稽古発表会みたいのものでもいいです」と萬斎氏より、あるときいわれる。

そこからだ、私の能鑑賞への入門は。
(もっとも、狂言教室のほうは、長続きしなかったのだけれど)
粟谷菊生さんのNHK鑑賞講座で「能の好き嫌い、いい悪いは、100番見ること」に触発され、
見た、見た、見まくった(ちょうど暇だったのだ)
白州正子さんの本で、能を頭でっかちではなく、ハートで感じることの大事さも実感。

近藤乾之助さんで、着物姿にしびれ、
幸弘さんの笛、六郎兵衛さんの笛、大倉源次郎さんの小鼓・・

きわめつきは、シテ友枝さんで、萬斎さんの三番叟の「翁」だ。
友枝さんを知り、
とうとう、宮島まで行ってしまう。そこで、茶髪の広忠君の大鼓に出会う。

三響会にも行き、橋の会に入り、年間の能チケットを確保し・・
土屋恵一郎という、すごい解説者も知る。

能の予定先行で動いていたっけ。

そういう意味で大いに期待し、この三人の現在進行形をリアルタイムで見られる幸せを感じていたのだけれど、うーん、残念。

相撲の野球賭博を引き合いに出して、萬斎さんは、自分たちは井の中の蛙ではないかと
言うが、いや~、それでは、伝統にはならない。
現代に生きているからこそ、伝統なのだ。
井の中の蛙で堂々として欲しいと思う。
変なコラボや演出過多はいらない。
むしろ、笛の幸弘さんと大鼓の広忠君などとの掛け合いでの
一期一会をバンバン見せてほしいのだ。

もっと三人ならではの、能を見せてほしかったな~。
取りとめもなく、言葉足らずの感想になるので、ここでやめます。
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by ginsuisen | 2010-08-31 15:14 | 感激・舞台
能楽現在形 千秋楽
8月7日 暑い暑い日が能楽現在形千秋楽だった。

普通なら、舞囃子、狂言、能の順だが、この日は、いきなり能の野宮からはじまった。
シテは片山清司さん。


シテ登場の折の囃子は、物哀しく、野宮神社の風が感じられた。
松田さんの笛が高く低く奏でる。
シテ登場。
前シテは華やかな小袖の若い女の姿だ。
美しい!この方はほんとうに美しい。能の家、舞の家のDNAがぴったりと寄り添い、
六条御息所が高貴な女、上品の女であることを全身が伝えている。
それだけに、年下のまだ若い19歳の源氏からの愛は素直に受け入れられない身の上も感じる。
でも、愛は無常だ、いけないとおもいながら、源氏のひたむきな愛への思いは
捨てきれない。しかし、娘は斎宮になる清らかな身。母としての立場、女としての立場・・
潔斎の聖なる野宮の場所が、彼女の気持ちをしばろうとする。

野宮の森の木枯らし秋ふけて~森の木枯らし秋ふけて~
身にしむ色の消えかへり~・・

秋、哀しい女の秋。

後シテの静かな舞から、

露うちはらひ、訪はれしわれも、その人も、ただ夢の世と、古り行く跡なるに、
たれ松虫の音は、
りんりんとして、
風茫々たる、野宮の夜すがら、なつかしや~

の風茫々たるで、両手で風を起こし、早い舞になる。
激しい恋の気持ちの高ぶりを感じさせる、その勢いで門にすがるが、一歩右足を踏み出そうとする一瞬。
あきらめて、~火宅の門を出でぬらん、火宅の門へ

そして、六条は火宅をかかえたまま、娘の斎宮のお供で、伊勢に行くんですよねー。

野宮は以前に友枝さんのを見ている。そのときの迷いの重い六条に衝撃的な感動はおぼえているが、
この日の清司さんの六条は、恋の思いは強く感じる女性だった。

休憩をはさんでの舞・坂口貴信さんの天鼓。
若い坂口さん、お初の認識でしたが、すばらしかった。こんな美しい方いたんですねー。
大鼓 忠雄パパ、笛は竹市学さん、小鼓 成田達志。太鼓 助川治・・とすごいメンバーで舞う、その緊張感が伝わってくる。こうした冒険は、能楽現在形ならではだ。

そして狂言は越後婿の祝言之式。萬斎さんだ。
笛・竹市学、小鼓 成田達志、大鼓・亀井広忠、太鼓 助川治。
謡は、石田幸雄、深田博治、高野和憲。野村遼太(すごいね、大きくなったねー)。

赤い頭をつけた、大きな口の獅子が、それはもう、縦横無尽に舞台を舞い、橋掛かりにバクテンでと、
40代の萬斎さんも、「まだまだ俺はやるぜ」を感じさせる激しい舞。

すきっと千秋楽らしい舞納めだった。
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by ginsuisen | 2010-08-25 10:49 | 感激・舞台
真夏の池袋で小三治さん
猛暑で有名な実家・前橋でサウナのような部屋で安眠できずに過ごして帰ってくると、体が戻るまでに
時間ではなく、日数がかかります・・年なんですね。これが。

それでも、8月4日には池袋演芸場にこの夏も行って来ました。
夏休みの宿題みたいなもんですね、これ。例年、今年も来れたのがうれしいです。
朝からカッと暑いこの日、10時20分から並んで11時にチケット発売、
11時半すぎにやっと会場に入れました。運よく私たちの列の女性4人は影のところに並べて、
お互いによかったよかったでしたが。
気づくとあっという間に立ち見さんも。小三治さんのころまでにはクーラーが効かないほど。

小三治さんの美しい姿にほれぼれでした。
お話は、「青菜」(友人にあとで、内容を話したら教えてくれました)。
大旦那の人のいい感じ、
そそとした奥様の風情、植木屋の素朴さ・・どれも一人が演じているとは思えない、
もうほんとうに素敵でした。

この日、大好きな紙きりの正楽さんがもらったお題は「うなぎの蒲焼」
美味しそうなうな重を食べる客と団扇でバタバタと焼いている鰻屋を見事に切りました。
海老蔵のお題もありました。

それから、この日初めて、正蔵さんを見ました。とってもいい感じに見えました。
「鼓ヶ滝」。「音に聞く鼓ヶ滝に来て見れば……」旅する西行と有名な歌人三人が滝にいたという話ですが、
それって誰かなーって、思いました。

まったりした演芸場の雰囲気は何時来てもいいですねー。
この面白さを教えたくれた友人たちに感謝感謝。
来年もこれるといいなー。
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by ginsuisen | 2010-08-07 10:14 | 感激・舞台
夏のセルリアンタワー 友枝昭世さんの忠度
見てまいりました、久しぶりに友枝さんのお能を。

毎年、盛夏のセルリアンタワーで行われる友枝さんのお能。
今までは、1日に昼と夜の2曲という大変な組み方だったが、今年から、1曲のみ。
それも、狂言なしのお能だけという実にさっぱり。
いつも、暑い暑い日ざしの中でかけこんで、急激なクーラーの冷えにぐぐっと眠くなってしまい、
見損なうことが多いのがこのセルリアン。
今回は少し早めに着き、1階のレストランで、珈琲とケーキで落ち着く。珈琲はホテル仕様なので、苦く、
お代わりを2回もすると眠気も暑さもふっとんで能楽堂に向かえた。

解説は青柳恵介氏。
朴訥な中に、実に深い話っぷりにすっかりのめりこんでしまった。
忠度がなぜ、戦途中で引き返し、京の俊成の屋敷まで来て、
千載和歌集へ、自分の歌を載せてほしいと願ったかの思いが伝わってきた。
そして、それは戦がすぎ、平家の時代ではないころにやっと完成したがゆえに、「詠み人知らず」とされる。
この「詠み人知らず」には3種類あるそう。
①本当に、どこの誰かわからないけれど伝承のように伝わった歌の場合
②身分の卑しい庶民のもの
③身分が明らかであるが、時の権力に対して、名前が載るとまずい、朝敵の場合。
忠度は③のために、詠み人知らずとされてしまった。
しかし、歌の器量のほどはすごく、本来ならばきちんと伝える人であったのだ。
俊成の子・定家は、新古今和歌集を編纂し、忠度として出しているのだそう。
後世に、生きていた証を残したい思い・・それが、戦途中引き返しての話となり、お能になったのだろうと。

また、平家は、武士でありながら、貴族のような暮らしをなぜしたか・・について青柳氏は、
文化を理解できたからこそであり、
ただ、贅沢三昧をしたのではなく、歌を嗜み、それが貴族たちに認められるほどであったこと・・などもある。
また経政は、青海波を舞った姿はさながら光源氏を思わせた・
そう、平家は、源氏物語世界を自分たちの現実世界に再現しようとした人たちだったようです(三田村先生の本より)。

さて、お能ですが、脇の閑さんの謡がまたよかったです~。
そして、前シテの友枝さん、薄い茶色の肩衣の老人。思いをこめた問答から、念を感じる。
で、後シテ・・あー、青年!
そうなんです。思いだけで、この地を守っていて老人と同一人物とは思えないさっそうとした若武者姿。
薄い白に近い若草色の袴に緑の直衣。
生きた証をただ後世に伝えたいその一心が伝わってきます。
戦場面もすごかった。腕を落とされ、なお源氏の兵と戦い、とうとう首を落とされてしまう・・
でも、見るからに公達。箙に刺さった矢にある短冊。
その短冊に「行き暮れて、木の下陰を 宿とせば、花や今宵の 主ならまし」とあったのですねー。

暑い暑い中、いっときの清涼を味わった気分でした。
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by ginsuisen | 2010-07-19 14:44 | 感激・舞台
友枝さんの湯谷 日経能
6月8日 日経能 @国立能楽堂 18時半~

久しぶりの能の日だというのに、先週末から歯痛にみまわれて、不安の朝。
紹介された大学病院へ行くと・・神経を除くことに!ギャーという間の長い時間、おそらく新米ガール先生に
ていねいに作業されること1時間近く、口を空いたままでした。
ふらふらと麻酔と痛みの不安で薬を薬局からつかむようにして、口に入れ、タクシーで贅沢にも帰宅。

夕方までの用事をキャンセルし、ひたすら、能にいけるようにと休みました。
とはいえ、留守宅の食事は作りましたですよ~。

万一にそなえ、能楽堂へ着く30分前には、ちゃんと痛み止めを飲んでおきました。

今日は橋掛かりより。

狂言は「二人袴」
あれ、あれ、婿は野村遼太君。目がパッチリで、きれいな若き青年です。
ちょうど声変わり前か後の中学3年か高校1年でしょうか。
舅は石田さん、太郎冠者は高野さん。そして父は万作師です。
袴をとっかえひっかえ、そのたびに、万作師の息遣いが、ハアハアと荒くなります。
でも、お孫ちゃんの遼太君を相手に、阿吽での舞台。
さあ、袴を二枚にわけて、それぞれ、前掛けのようにして、後ろを見せずに舅の前に出た二人・・
酒宴の謡を所望され、仕方なく、舞います。
「七つになる子がいたいけなこというた~、殿がほしいとうとうた~、~つづら帽子にしゃんとなって、踊る振ーりがおーもしろい。吉野初瀬のはーなよりーも~をを、恋し人を見たいものじゃ~」
うんうん、いいわねー。
三人の謡が一体となって、そして、袴の後ろがないのに、気づいた太郎の発見で、大笑い。
舅は、そんなことは気にするなと止めるけど、すたこらサッサと2人は袴を肩にかけて逃げ帰る。

あまりシリアスではない、お孫ちゃん相手の、
こういう狂言が今の万作師には、なんだかぴったりな気がしました。

お待ちかねの能は「湯谷」
朝顔さんは、井上真也さん。
橋掛かりを小走りに入ってくる。湯谷の母からの手紙を胸にしているのだ。
それを見る湯谷。哀しみはせつに伝わる。
そして、宗盛・閑さんは、「この春だけは~」ともに過ごしたいと言う。
この日の閑さん、終わりを見据えた平家の武将の悲哀をぐっと感じました。

唐織の装束の美しかったこと。大きな格子に区切られた中には、四季の花がびっしりと織り込まれている。
金銀、赤、朱、紫、緑・・

序の舞はゆったりと、胸に秘めた母への思いとは別に宗盛との別離も感じます。
「村雨~」の突然さも、この日はハッと感じさせました。
歌を詠み、宗盛に渡し、しおる姿の横顔が、
宗盛の「ひまを~」に、ガタッとなります。
そこからは喜びの顔、はれやかにはれやかに母の元へ。

橋掛かりで、ちょっと立ち止まり、宗盛にいとまをつげるよう。
それを見送る宗盛はすでに戦のおももちでした。

痛み止めで何回か、水没しそうになりましたが、
序の舞はしっかり。

地謡のとても、厳かでやさしさが伝わりました。

ゆとりがあれば、日にち違いの浅見さんのものも見たかったです。

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この写真は以前のものですが、今年も咲いてくれました。亡き友人の名前のついたオールドローズ・チエです。
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by ginsuisen | 2010-06-10 00:03 | 感激・舞台