大好きな能楽鑑賞から料理まで、日常さまざまの記録
by ginsuisen
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景清 ひさしぶりの能でした
長らくブログ更新しないうちに、梅雨の季節になってしまいました。何をしていたかというと、
春先からかかっていた仕事に追われておりました。
久しぶりのかつての専門分野、しかし時代は、大きく変化して、
手書きではなく、当然にコンピューター化。
ほとんど、浦島太郎状況で、てんやわんや~

前置きはさておき、久しぶりに、能楽堂へ。
ラッキーに友枝さんのチケットが買えたのです。

6月6日の日経能です。
番組は、茶壺と景清。
この日経能は、同じ番組を二日に分けて、演者を変えて、演ずる。
味なことをしてくれるのだか、二日も夜を空けられない身。
まだ浅見真州さんと比べて見たことがない。
で、もちろん、友枝さんチケットに集中いたしました。

さて、景清
藤原景清の話です。
平家壇ノ浦のおり、なんと武者4人が逃げ切ったという。
その中の一人が悪七兵衛景清(他は、越中の次郎兵衛盛嗣、景清の兄・上総の五郎兵衛忠光、飛騨の四郎
兵衛)。

パンフの馬場あき子先生の解説「老残の猛将の父性愛」によると
「景清はどうやって、源氏の船団の中を逃亡できたのか。ともかく筑紫の日向(宮崎県)まで舟を南下していったのである。疲労も深く、潮で眼を痛めて、盲目となったのかもしれない。能「景清」はその後日譚ということになる。
能では「流され人」といっているが、景清にの景清は、日向まで逃れます。
「この日向まで逃れてきて、人情に感じ、この地で¥に果てることを決意し、もはやこの世のことを見るのをやめ、自ら両眼を抉って、大淀川の川向うに投げ捨てたと伝えられ、向こう岸にはその生目神社が眼病の神として信仰されている。いわば、景清は「逃げ上手」「生き上手」という民衆の期待をになった英雄の一人だった。日向という地名も盲目の心に似合わしい希望を感じさせてくれる地名である~」

そんな日向に、景清の娘がたづねてくる。その父娘の対面がお能のテーマ。
後場もなく、わきの宝生さんは、だいぶたってからのご登場。
娘と対面した景清は、「恥ずかしや御身は花の姿にて」と身の零落をなげき、昔を回想し、平家一門の船中になくてはならぬ存在だった自分を誇る。
娘から思い出に手柄話をのぞまれ、衰弱しきった体ながら、八島での鎧引き(シコロヒキ)のありさまを、娘に語る。

この鎧引きって、敵の兜の鎧に手をかけるが、普通は切れるはずもない鎧が、双方の力で切れる。景清の腕力と敵(三保谷十郎)の頚の骨、ともに鍛え抜かれた武士の美談なんだそう。
すごい力持ちだったなんですー。

しかし、それを衰弱した今、正確には再現できない。そんな姿が舞台に。

そして、最後に、娘の肩に手をかけ、しばらく歩いて・・別れる。

なのですが、ですが、最後に、肩をポンと強くたたくように押しやったのです。
まるで、音がするくらいの勢いでした。
その力強さ、思い切りのよさ、まさに、父性。哀しいくらいの父の愛が見えました。
かなり、胸にずんときて、涙をさそうほどの衝撃でした。

忘れられない能にまた出会えた気がしました。よかった、見れて。
そういえば、景清・・はじめてだったかもです。

この日の狂言は、萬さんの茶壺。ほんわかほんわか、いいお茶でした。
翌日のTVで「千作さんをしのんで」が放映。萬さん、三林京子(千作じいちゃんにならっていたよう)かたや兄弟仲良くの舞台作り、でも、萬さんは・・それを語るアナウンサーや三林さんの心中、いかばかりと思いつつ。
万作さんは、その場にはいないで、別撮りでの登場でした。
狂言そのままの千作じいちゃんとは、もう会えません。


c0092027_14465992.jpg

いつも散歩道に立っている石のアート、「まかせなさい」という題がついてます。
通るたびに、糖質制限しなさい!と言ってますが・・

詳しい、番組は後ほど。
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by ginsuisen | 2013-06-16 22:01 | 感激・舞台
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