大好きな能楽鑑賞から料理まで、日常さまざまの記録
by ginsuisen
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友枝さんの邯鄲 日経能
見にいっていたのに、なかなか書けないでいました。
日経新聞社主催の能の会。6月9日火曜日@国立能楽堂 18時~
今年は、能は邯鄲、狂言は萩大名がテーマ。
初日は、狂言が野村万蔵家に、能は友枝さん。
2日目は、狂言は万作家、能は浅見さん。
こういう催しはうれしいが、両日見に行く気力はなし。
結局、というか、もちろん友枝さんだけにする。
しかし、あまりのすばらしさに、驚愕し、なかなか感想が書けないでいた。
おそらく、ずっと胸に残るのではないだろうか。

それは、自分の感じ方も変わったせいかもしれない。
また、自分を取り巻く環境の変化かもしれないが・・
かなり、来し方、行く末をズドンと感じてしまった。

友枝さんの邯鄲を見たのは、一昨年、2007年の5月の友枝昭世の会。
あのときは、確か、がんばって、正面席だった。
でも、脇柱とかぶり、今一舞が見えなかったっけ(もっともチケットが買えただけ文句なしの友枝プラチナチケットだ、文句はいっては勿体無い)。

今回は脇正面からの席。一畳台がしっかり正面に見えます。

盧生が出てくる。若い、悩める顔だ。これは前回同様だが、
なぜ、邯鄲の地に来たのだろう、その因果を考えてしまった。
それは「村雨がふってきて・・」と、傘の出という特殊は小書き演出での登場。

この傘が美しかった。唐傘は16本の骨だろうか、こまかく、縁先は、折りかえっているような白い傘。
傘のせいで、顔の表情が読み取れないが、悩める顔はよくわかる。
宿の主人が今回は、なんとなくしたり顔風なのがよかった。
また若者が来た来た・・今日もこの枕でも貸してやろうかという感じだ。

盧生が枕に伏せたとおもったところから、舞台転換の早いこと。
これは、疲れていても寝ていられない。
見張ってないと大変。

勅使が来て、王になる人だと告げてから、盧生の顔がだんだん変わってくる。
いや、変わってくるのではなく、変わって見えるのだ。
威厳のある王に、そして、覇王に、そして、老いていく王に。
喜びの舞・一畳台の舞は、それはそれは優雅でした。
(やっぱり、邯鄲は脇が美味しいのかも)
橋掛かりでの舞・天下国家を見下ろすゆとり。

しかし、子方以下臣下が退いてからの動作の速いこと、速いこと。
一畳台に飛び込んで、あっという間にもとの、寝姿になる。

そう、それは、粟の粥が炊けるほんの一睡。おそらく20分か25分だろう。
米が炊けるのは、どんな量でも20分はかかる。

目覚めた盧生の顔は、もう王ではなかった。

また、来るようにという宿屋の女主人。

また、人生に悩んだら、一睡の夢を見においでということだろうか。

今、ここにいる私の現実。
かつての遠い日のことは夢だったようない気がするときがある。
子どもたちの幼い日々、父に誘われて、海辺の家に行った日々、
何もかも、人生とは、夢のような・・
そして、今、老いた母と食事をする。これも一睡の夢で、
この先にはもっとすごい現実があるのではないかと思ってしまう。

さあ、明日の現実は、またはかない夢のように過ぎていくのかもしれないけれど、
過ごさねば。。

そんなことを観劇後の今まで思っていました。

邯鄲・盧生のその後を知りたい。

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by ginsuisen | 2009-06-24 10:53 | 感激・舞台
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